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EPISODE #225
【お料理】トキシラズの焼き浸しと本当の「時知らず」
高槻商店で買ったトキシラズを食べます。堀田さんのおススメの料理、焼き浸しを作ることにしました。旬の “時知らず” を食べながら、改めて旬の意味を考えます。旬の旨い食べ物に出会うために私たち消費者には何が必要なのでしょうか。
今回は、トキシラズの焼き浸しと “時知らず” は誰かというお話。
「トキシラズは、焼き浸しにすると美味しいですよ。」
堀田さんの口から飛び出した聞いたことのない料理名。また新しい料理に挑戦することになりました。調べてみると、焼き浸し(やきびたし)とは、焼いた魚や野菜を醤油やみりんで作った漬け汁に浸したお料理のようです。
大切な魚を、初めての方法で、しかも一発勝負で料理するのは、緊張するものです。私は料理研究家ではなく消費者ですから、ちょうど良いレシピが無いかネットで探します。良く頼りにするのは、調味料メーカーのホームページに掲載されているレシピ集です。本格的ですがシンプルで作りやすく本当に助かるレシピ集です。
焼き浸しの漬け汁は、醤油とみりん、酒と酢から作ると書いてあります。我が家では例のごとく、醤油の代わりに八雲町にある服部醸造の “オール八雲味噌” から作った「垂れ味噌」を使い、伊達の北海道糖業のお砂糖、新十津川村の金滴酒造の日本酒、幕別町の十勝ヒルズの白いんげん豆の酢を使います。それに、焼いたトキシラズの骨、八雲町の鮭節と日高昆布も入れて、漬け汁に仕上げました。
久しぶりに料理するトキシラズは、脂がのってなめらかな肉質です。とは言っても焼き過ぎては身がパサついてしまうので、さっと焼くことにします。切り身を冷蔵庫から出して1時間ほど置いて中まで常温にしたら、薄く油をひいたフライパンで、強めの中火で皮から焼きます。
フタをして1分ほど経てば、切り身の下半分ぐらいまでが白くなり、皮にも焼き目が付いています。ひっくり返して、あとは弱火にして5分ほど焼きます。焼き上がったら、まだ熱いままの漬け汁に沈めます。
他にも季節の野菜を添えることにします。レストランSIOの直営農園で吉田さんが育ててくれたニラ、留寿都村のホワイトアスパラガスも、フライパンで焼いて、漬け汁に入れます。トキシラズの旨味が溶け出した漬け汁をまとって、トキシラズも旬の野菜も、より一層美味しそうになりました。
このトキシラズ、一年前にはほとんど知らず、スーパーで見つけた時にはこんな季節にシャケがあるのかと驚いたものです。そんな魚に、ちょうど1年経った今、再会しているのです。この魚の名前には、帰ってくる時を間違えたシャケという意味があるそうですが、しっかり1年後に帰ってきてくれました。
たぶんトキシラズは、この地で私たち人間が魚を食べる様になる何万年も前から、変わらずこの海にやって来ては、大きく育って遥か北の故郷に帰ることを繰り返してきたずです。本当に「時知らず」だったは、1年前の私、そして、私たち消費者だったのかもしれません。
これまでの人生で蓄えたちょっとばかりの知識にすがって、初めて見るいつもと違う物を理解できない。たとえ、突如現れたその美味しい魚が、ずっとずっと以前からこの海にいたとしてもです。であるなら、私は知識なんていりません。せっかくの素晴らしい出会いを先入観で曇らせてしまいたくないからです。
トキシラズと旬の野菜の焼き浸しは、包み込むように優しくも力強い、この土地の初夏のような味がしました。脂がのったトキシラズは、一度焼いたことで内側に旨味が閉じ込められ、漬け汁の作用もあってしっとりとしています。
SIO農園で育ったワイルドなニラと留寿都のホワイトアスパラは、土が持つ滋味を凝縮したような力強い味です。普通なら、副菜として食べられる焼き浸しですが、しっかりと主役が張れる素晴らしい料理になりました。
私も勢いに任せて「知識はいらない」なんて言ってしまいましたが、これだけは大切にしたいという知識があります。それは、「美味しい魚が食べたければ海に行き、美味しい野菜が食べたければ畑に行く」ということ。
美味しい食べ物に出会うことは、そう難しいことではありません。100マイルの地元の大地にどかっと座り、目まぐるしく移り変わる無数の旬に身を委ねれば良いのです。そうしている内に、いつの間にか「時を知った」シャケがまた会いに来てくれるのです。
トキシラズと旬の野菜の焼き浸し(4人分)