「うちの畑に野菜買いに来ませんか?」

そんな突然のお誘いが、またひとつ我が家の食生活を素敵な世界に導いてくれました。簡単そうでいてとても珍しい、生産者さんの畑まで野菜を買いに行ける関係ができました。

今回は、レストランSIOの畑で買い物をしたお話。

 

待ち合わせ場所は2マイル先の農場

「うちの畑」とは、札幌の創作料理レストラン「SIO」の農場のことです。お誘いのメッセージをくれたのは、増毛町の「佐藤健一果樹園」にリンゴの苗木を一緒に植えに行った、「SIO」の副料理長の吉田さんでした。

SIO副料理長吉田さん
SIOの吉田さん(左)と佐藤健一さん(中)

「SIO」は、食材を厳選しているお店。できるだけ新鮮でこだわった食材を手に入れるために、ついには自分たちで農業を始めてしまった面白いお店です。吉田さんは、農場管理も任されていて、昼間は農家、夜は料理人として働く、パワフルな方だったのです。

地図を見て驚きました。「SIO」の畑は我が家の裏にある山を越えた、たったの2マイル(3.5km)先にあったのです。

「週明けの朝に伺いますね。」

「はーい、お待ちしてます。」

これから始まる素敵な出来事にドキドキしていました。

 

すぐ近くにいても出会えないもの

コンクリートに覆われた都会に住んでいても、郊外に向かえばすぐに田畑が現れます。もっと遠くまで行けば、車窓を流れる景色のほとんどが田園地帯になります。つまり、この国に住むほとんどの消費者の地元には田畑があるはずなのです。

不幸なのは、身近にある田畑と食卓がつながっていないことです。極端に言えば、家の隣の畑で採れた大根が遠く香港で食べられている間に、あなたはカリフォルニアで育ったブロッコリーを食べていることだってあるのです。

我が家が札幌の地に移り住んで4年目の夏を迎えた今、やっと2マイル先の山の中に畑があることを知りました。身近にあるものでも出会えていないことの方が多いのです。100マイル地元食のチャレンジの先で多くの出会いに導かれ、私はやっと2マイル先の農園に辿りつけたのでした。

 

千本ネギを掘って買う

初夏の日差しを受けて緑色が濃くなった木々のトンネルを抜けると、そこに「SIO」の農場がありました。吉田さんは、農作業で日焼けした顔にいっぱいの笑みで私たち家族を迎えてくれました。

「おはようございます。千本ネギが育ってますよ。」

千本ネギを1株買うことにしました。吉田さんが持って来てくれたスコップを土にぐっと差し込みます。しっかりと張った根をブチブチと断ち切ると、すぐにネギの良い香りと土の匂いが漂います。

千本ネギを株ごと掘る
千本ネギを株ごと掘る

今の今まで、地元の土の養分を吸って育っていた千本ネギを、育ててくれた吉田さんと一緒に掘る。千本ネギのすべてがそこにあって、五感のすべてでそれを受け取れるような、完璧な買い物の仕方を見つけた気がしました。

 

すべてがある2マイル先の楽園

吉田さんは、他にもハウスの中に植えられたトマトやキュウリ、少し時期を過ぎたアスパラガス、大きく育った二年物の山わさびも見せてくれました。

小川が流れる山の中で、蝶が舞い、鳥の声と風の音、そして笑い声に満ちた農場。決して大きくはありませんが、そこに足りない物はありません。そこは、我が家からたった2マイル先にある楽園でした。

千本ネギと山わさび、ニラと札幌黄という玉ねぎを買うことにしました。農作業に使うプラスティックのコンテナをひっくり返すと、畑の八百屋さんのレジになります。

SIO農場での野菜購入
畑にあらわれた即席のレジ

高いとか安いとか、鮮度がどうとかお得かとか、そんなことを超えたところに、ここでの買い物はありました。

 

世界は広いか狭いか

この日、特別な体験をしたのは私たち家族だけではありませんでした。それは吉田さんにとっても素敵な出来事だったはずです。生産者と消費者は互いに両想いの関係にある。吉田さんの笑顔が改めて教えてくれました。

私が以前の仕事で、地球の裏側で一度も会ったことが無い農民が育てた野菜を輸入していた時、世界はうんざりするほど広いものに感じられていました。会いに行く気さえ起きないほどに、生産者は遥か遠くにいました。

レストランSIOの農場
誰の家の近くにもこんな楽園がある

互いを必要としている生産者と消費者はいつか必ず出会えます。生産者は消費者を想い食べ物を育て、消費者は生産者の日々を想いながら美味しい物を食べます。我が家が吉田さんのように、誰もが出会えるはずなのです。

それほどに世界はずっとずっと狭かった。今ではそう思えます。