生シラス丼が導いた寿都湾のシラス漁

ニセコ町にある「寿都アンテナショップ神楽」で5月の一か月間しか食べられない生シラス丼に感動し、日本海に面した寿都町(すっつちょう)までシラス漁を見に行くことにしました。見に行きたい!という気持ちももちろんあったけれど、本当の理由は、我が家がチャレンジしている馬鹿げた食生活のルールのためでもありました。「100マイル地元食」の ”外食ルール” のためです。

外食ルールその1

メニュー1品の1つの食材の生産者に会えれば、外食してもいい。

外食で生シラス丼を食べた埋め合わせとして、生シラスが獲られている産地を訪れて、生産者である漁師さんに会う。それが、今日の私に課せられたミッションです。2人で決めたルールとはいえ、なかば呆れ気味に私を送り出す妻。私が一人で出かける時は、何か美味しい物を持ち帰ってくると期待をしている子供たち。「お父さん、行ってくるよ。」と自信たっぷりで家を出たのは、5月の最後の大潮の日、前日までの強風が止んだ穏やかな昼下がりでした。

シラスとは、北海道の寿都町では小女子(コウナゴ)のことを指します。それはつまり、成長すると20㎝ほどになる口が尖った細長い魚、イカナゴの稚魚のことです。私たちがかつて住んでいた関東地方や、かつて「100マイル地元食」旅行で訪れた瀬戸内地方では、カタクチイワシやマイワシの稚魚を指すのが一般的です。それでもウナギの稚魚もシラスウナギと呼んでいるところをみると、透き通るほどに小さな稚魚はみんなシラスになってしまうようです。

親のイカナゴと子の小女子
親のイカナゴと子の小女子

毎年、春になって水温が上がってくると、イカナゴは寿都周辺の広大な砂の海底で卵を産みます。孵化した膨大な数のシラスは、餌となるプランクトンを求めて群れで移動します。そこを捕まえるのが寿都町のシラス漁です。資源を維持するために、4月末から5月末までの1カ月間に限って解禁されるシラス漁は、寿都に本格的な春の訪れを告げる風物詩になっています。陽が傾き始める頃、やっと寿都町についた私は、来る長い夜に備えて、漁港の堤防から見えるホッケの群れに釣り糸を垂れながら、しばし休憩するのでした。しかしまったく釣れません。

寿都湾から見る夕日
寿都の絶景を前に期待が高まる

ついに幕を開けたシラス漁と頼れる男のアドバイス

午後7時の寿都漁港。寿都湾を囲む稜線の西にすっかり陽が隠れても、空はまだわずかに明るく、岸壁に並ぶ個性的な漁船の姿を浮き上がらせています。静寂に溶け込むエンジン音。漁の準備を終えた船が一隻ずつ、大漁を期待する内なる興奮を抑え込みながらどこか得意気に港内を進んでいきます。

ついにシラス漁が始まります。ここまで来ることができた喜びと、シラスが本当に獲れるのかという一抹の不安。我が家の外食ルールの条件を満たすことができるのか。今この瞬間に、世界で私一人だけが直面している大問題です。

寿都漁港を出る小女子の敷き網漁船
寿都漁港を出る小女子の敷き網漁船

漁船が港を出ていくのを見届けたら、ここからが今夜のシラス漁見学の難しいところです。シラスたちは、その日のプランクトンの居所、潮の流れ、海水温、他にも私たち人間には知る由もない何かに突き動かされて移動しています。つまり今夜、漁船団がどこで漁をするかは完全に生まれたばかりのシラス次第なのです。できれば、シラス漁の様子を間近で見たい。岸からそう遠くないポイントで漁をしてくれないか。

漁船を追いかけようと車を出した瞬間、すっかり静寂を取り戻した漁港に不意に携帯の着信音が鳴りました。

「やっぱり来たんですね。知り合いの漁師さんからの情報があるんで作戦会議しましょうか?」

それは私を寿都町にいざなった大串さんからの電話でした。

海、シラス、人々の営みと一体になる瞬間

待ち合わせ場所は「寿都温泉ゆべつのゆ」。2種類の泉質が楽しめる、町自慢の立派な温泉施設です。私たちは、風呂上がりの待合室で合流しました。この時期、シラスの群れは寿都湾の奥まで入ってくることが多いこと、前日の強風で漁ができず今日の状況が読みにくいこと、湾の奥で獲れなければ、漁船たちはそこを離れ東に西にと広い範囲に移動していくこと、そして、朝4時の競りに向けて漁船たちは港に帰ってくることを教えてくれました。どれもとても貴重な情報です。やはり本当に頼りになる男です。

今夜の運命を左右する重要な作戦会議を終え、温泉から湾奥の風力発電の風車の前に戻りました。すっかり暗くなってしまった寿都湾、ずっとずっと遠く、湾の中央部に漁船団が見えました。一隻一隻が強い光、漁火(いさりび)を灯して漁をしているようでした。昼間かと思う程に明るい光でシラスを水面に集め、船の舷側からカーペットのように広げた敷き網(しきあみ)ですくい獲るのが、小女子の敷き網漁です。本当に生で漁が見られた。そう安堵しつつも、遠すぎて何をしてるのか見えません。もうちょっと近くで見られないものか。

寿都湾中央部で行われた小女子漁
寿都湾中央部で行われた小女子漁

時刻はついに深夜0時を過ぎようとしていました。湾内で漁をしていた漁船団は、徐々に散り散りになっていきました。それぞれの船にはソナーがついていて、群れを探しながら動き回ります。湾内で漁を始めた漁船達も、今夜の群れはここには来ていないとみて、次の漁場へ移動を始めていたのです。大串さんから情報を得ていなければ、目の前で刻一刻と変化する漁船団の動きの意味がわからず、途方に暮れていたことでしょう。まだ夜は長い。シラスの群れを追う漁船を、私も追いかけることにしました。

次に向かったのは、湾口の西側に張り出す岬、弁慶岬(べんけいみさき)でした。日本海の沖に向かって伸びる切り立った崖、その上には広大な草原の中に建つ白い灯台。かつて武蔵坊弁慶が同志の帰りを待っていたという伝説が残る岬です。時を経て、今夜は私がシラス漁の到来を待っています。岬からずっとずっと先、2~3kmは沖に、漁火を灯すあの漁船団が集まり始めました。その数、ざっと25隻。寿都漁港の敷き網漁船のほぼすべてがこのポイントに集まっています。狭い範囲に集まって動かないところを見ると、ついにシラスの群れに行き当たったようです。満月が雲に隠れて現れた漆黒の海。遥か遠くの漁船団はは一列に並ぶ光の点となり、そこに水平線があることを教えてくれます。

弁慶岬の沖合に集まる漁船団
弁慶岬の沖合に集まる漁船団

この夜、ついに私は漁の様子を目の前で見ることができませんでした。この日のシラスは、鼻息の荒い食いしん坊の気配を感じてか、岸には近づいてくれませんでした。ですが、岬と沖、間に広がる海で隔てられてはいても、今この時、シラス漁の瞬間に立ち会っているという確かな感覚が私にはありました。生命感に満ちた大潮の海。太古の昔から連綿と続いてきた小女子のライフサイクル。漁師さんや町の人々に愛されるシラス漁の営み。まるで自分自身もその一部になれたかのように、私も心地良い温かさの中にいました。

突然の水揚げ作業 長い1日の終わりに

札幌から寿都までの3時間のロングドライブと、夜中まで小女子漁を追いかけたことでもうヘトヘトです。すでに午前2時を過ぎています。漁船が水揚げに帰ってくるまでの間、少しでも仮眠を取ろうと、早めに寿都漁港に戻りました。あれ?静かなはずの漁港が、数隻の漁船が灯すライトで明るくなっています。何人もの漁師さんが岸壁に上がり、船から何やら箱を運んでいます。それは、紛れもなくシラスの水揚げでした。

せわしなく動き回る漁師さんに声をかけると、今夜は想像以上の大漁で、船がシラスでいっぱいになったので早く帰ってきたんだと教えてくれました。船の上には、シラスで満たされたカゴが所狭しと並んでいます。船上では何人かの漁師さんが、ひしゃくでカゴからシラスをすくい取り、出荷用の発泡スチロール箱に丁寧に流し込んでいきます。魚というよりはトロリとした液体のようです。シラス丼になって私の喉をさらりと通り過ぎて行った感覚が蘇ります。発泡箱に八分目ほど詰めたら、岸壁にいるお母さんたちが受け取って積み上げていきます。あっという間に発泡箱の山ができたと思ったら、フォークリフトが持ち上げてセリ場の方に運んでいきます。

夜明け前に始まった小女子の水揚げ作業
夜明け前に始まった小女子の水揚げ作業

照明を浴びてキラキラと光るシラス。岬からはるか遠くに見えていた漁の中で、こんなにもたくさんのシラスが獲れていたなんて知る由もありませんでした。もしかすると、私が崖の上で感じていた、海から届く命の気配は、大漁に沸く漁師さん達の息遣いだったのかもしれません。この地に来るまでは、本当に獲れるのだろうか、この目でシラスが見られるのだろうか、と不安でいっぱいでした。でも目の前には、この時期の寿都の当たり前の光景として、漁師さんの生き生きとした営みが広がっています。

規則正しく、延々と続く箱詰め作業を傍から見ていると、突如強烈な睡魔が襲ってきました。長かった1日を思い返せば無理もありません。漁師さんたちの熱に当てられて興奮気味の精神を落ち着かせるように、ギリギリまでリクライニングさせた運転席で目を閉じました。馬鹿げたことだと思いながらも、ここまで来て良かった。初めての行動の先にあった、初めて見る光景。そしてそこには初めて出会う深く感動した自分がいました。