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タコ漁師との素敵な関係

EPISODE #244

タコ漁師との素敵な関係

2020.6.1

食材調達,水産ウィーク,シーズン2

漁師さんから届いたミズダコ

 待ちに待った荷物が届きました。発泡スチロール箱は、見た目よりもずっしり重く、ひんやりとしていました。中身は丸のままの生のタコ。北海道苫前町(とままえちょう)の漁師、小笠原宏一君から送られてきたミズダコでした。肌は赤茶と白のまだら模様で、吸盤は大人の目ほどの大きさがあります。重さは6kg。両手じゃないと持ち上げられません。

 我が家のキッチンに突如として現れた巨大なモンスターダコに、子供たちは興味津々です。指でつついては、ぬめぬめした感触を確かめては、ゾクッとなって手を引っ込めます。宏一君の手でしっかりと絞められて動かないタコですが、子供から見れば、今にも襲ってきそうなモンスターに見えるのでしょう。

我が家に届いたミズダコ
我が家に届いたミズダコ

 都会に住む普通の消費者の我が家に、漁師さんから直接タコが送られてくるようになったのには、ちょっとしたきっかけがありました。それはちょうど1年前、我が家で開いたタコパーティーでした。近所の子供たちやママ友たちが我が家に集まって、1匹のミズダコを解体して、みんなで料理して食べ尽くそうというホームパーティーです。そして、私にとっては漁師さんとの関わり方に新しいヒントをくれた意味のある数日間になりました。

樽流しタコ漁師 宏一君との再会

 地元の魚介類の産地に行こうとすると、必ず付いてくる男がいます。高校の時の同級生で、今は東京を拠点に、魚介類の美味しい楽しみ方を広めるための食育活動をしている青木君です。一年前、苫前漁港に向かう車の助手席には、やはり彼が座っていました。「タコパーティーのメイン食材になるミズダコを買うために、苫前町の漁師さんに会いに行こう。」こんな誘いに乗って、東京から飛行機で駆け付けるのは彼ぐらいのものです。

 今回のパーティー、せっかく青木君が来てくれるのだから、子供たちが生きたタコを触って解剖する食育コーナーをやってもらうことにしました。でも、札幌の我が家まで車で4時間もかかる苫前町からタコを持ち帰り、翌日のパーティーまで生かしておくことなんてできるのでしょうか?いつも思い付きで行動するので後になって大変な思いをします。車には、クーラーボックスと発泡スチロール箱、透明な衣装ケース、それにビニール袋を積みました。この道具だけでほんとに大丈夫でしょうか。

 待ち合わせ場所の道の駅「風Wとままえ」(ふわっととままえ)に着くと、軽トラに乗ったタコ漁師の宏一君がやって来ました。彼とは、この3カ月前に札幌で開かれた、漁業の未来を憂う若い漁師さんのグループ蝦夷新鮮組の発足式で出会いました。まだ会うのはこの日が2回目。正直、彼がタコを獲っているということ以外、どんな漁師さんなのかもわかりませんでした。

 簡単な挨拶と初対面同士の二人の紹介が済むと、宏一君が言いました。

「おなか減ってませんか?」

 なんでわかったの?昼時でお腹が減っていた私たちは、近くのお店で昼食をとることにしました。陸に上がったこの漁師さんは、力の抜けた柔かい雰囲気を持っていました。

苫前町の樽流しタコ漁師 小笠原宏一君
苫前町の樽流しタコ漁師 小笠原宏一君

ウニ漁師の店でウニ丼を食べる

 苫前漁港を見渡す海沿いの丘の途中に、軽食喫茶ココ・カピウはありました。メニューには、カレーやスパゲッティーといった喫茶店メニューが並んでいるのに、壁には大きく「ウニ丼」と書かれています。漁師の宏一君が連れて行ってくれたのは、同じく苫前の漁師さんがやっているお店でした。私が注文したのはウニとカニのミックス丼。一粒ずつが見たこともないほど大きなウニが、たっぷりとのっています。ここまで来て細かいことですが、食材の生産者さんと会ったことがあるメニューなら、100マイル地元食ルールの「特別ルール」を使って外食が認められます。

ココ・カピウのウニカニミックス丼
ココ・カピウのウニカニミックス丼

 トロっとした甘みたっぷりのウニ丼を、あっという間に空きっ腹に詰め込んだ私たちはすぐに漁港に向かい、この日の真の目的、タコを受け取ることにしました。岸壁に停泊してあるタコ漁用の2人乗りボートには、樽流し漁という伝統漁法の道具が積まれています。宏一君がボートにくくられたロープを引き上げると、そこには魚を入れておくカゴが吊るされていました。どうやらタコはこの中にいるようです。宏一君は、主役のタコがいなくてはパーティーができなくなると心配して、数日前から捕まえたタコを海中で活かしておいてくれたのでした。

 考えてみれば、生きたミズダコを見るのはおたる水族館以外では初めてです。いったいどんな生き物なのか、わくわくする気持ちが抑えられません。カゴから出されたミズダコは1匹ずつネットに入れられていました。逃げ出す隙を伺うようにウニョウニョと吸盤がついた足を動かしています。ほんとに大きい。両手で抱えるほどのサイズです。

「これでも3、4kgだから、小さいほうですよ。」

 最大で20kgにもなる種類のタコです。関東から移住してきた私にとって、こんな大きく不思議な生き物が、地元の海で生きているなんて衝撃です。

タコの活輸送作戦と宏一君のお願い

 ミズダコを生きたまま札幌まで運び、翌日まで元気でいてもらうには、きれいで冷たく酸素たっぷりの海水に入れておかなければいけません。この日は、万が一のことを考えて2匹のタコを買って帰ることにしました。クーラーボックスと発泡スチロール箱に海水を張り、暴れないようにネットに納めたまま入れます。

タコの運び方で悩む青木君
タコの運び方で悩む青木君

 宏一君が気を利かせて用意してくれた電池式のエアーポンプで酸素を送り込みます。途中で水が汚れたら替えられるよう、予備の海水を衣装ケースにたっぷり入れていきます。後は急いで札幌に帰るだけです。宏一君に2匹のミズダコの代金を支払い、お礼を言って帰ろうとした時でした。

「パーティーって明日ですよね?僕も行っていいですか?」

 突然の提案に、私と青木君は一瞬の間をおいて切り返します。

「え?いやいや、宏一君、近所のホームパーティーのために、わざわざ札幌まで来てもらえないよ。明日も漁があるでしょ?」

「漁に出るかは自分で決められますから。」

 そんなに言うなら来てもらおうか。落ち着いて考えたら願ってもないすごいことです。子供たちやママ友たちもきっと喜ぶはず。それにしても、彼からは若者らしい軽やかなフットワークと、1人で生計を立てる漁師の芯の強さの両方を感じます。私たち消費者とはめったに交わることがない世界にいる、漁師というのがいったいどんな人間なのか、少しずつ分かってきた気がしました。

 明日は、いったいどんなパーティーになるのかな?より楽しみになりました。よし、まずはタコを運ぼう!

 

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