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漁船に乗り知内の牡蠣を食う

EPISODE #243

漁船に乗り知内の牡蠣を食う

2020.5.5

水産ウィーク,シーズン2

知内漁港 出港を前に高まる期待

 漁港にやってきた、やけに目立つ赤いトラックから降りてきた漁師さんは、一言二言の挨拶を交わして、朝の出船の準備に取り掛かりました。ここは、札幌の我が家から南南西に110マイル(176km)のところにある、北海道知内町(しりうちちょう)の漁港、漁師さんのテリトリーのただ中です。

 緊張感と期待感が入り混じる独特の空気。水平線の上の雲が朝陽で明るみ始めると、それはまた一段と高まっていきます。ブルルンッ!突如として、船体の上に伸びる排気管から重油の黒煙が噴きだしたかと思うと、エンジンの振動が空気を震わせて伝わってきます。

 牡蠣養殖の漁船に乗せてもらえる。北海道を訪れていた本州の友人が二人、それに札幌の都会に住む消費者の私にとって、特別な瞬間が訪れようとしていました。何度体験しても、堪らないこの空気。美味しい出会いが始まる予感がします。

出港準備をする知内町の西村漁業部の漁船
出港準備をする漁船に乗り込む

牡蠣産地 北海道の中での知内町は?

 北海道では、冷たく清浄な海水と、豊富な栄養を含んだ川からの流入水を利用し、牡蠣の養殖が盛んです。特に東側の道東エリアには、厚岸町(あっけしちょう)やすぐ近くの仙鳳趾村(せんぽうしむら)、サロマ湖など、全国にも知られた大きな産地があります。ちなみに、国内全体の年間生産量が17万7千トンで、広島県が10万4千トンで1位。北海道は、4千トンちょっとで国内6位の大産地です。(※)道東エリアは、北海道産牡蠣の9割を生産しています。

※ 農林水産省「海面漁業生産統計調査」(平成30年)より

 道東エリアから大きく離れた北海道の南西の端っこ、渡島半島(おしまはんとう)に、ここ知内町はあります。半島で最も長い知内川がもたらす森から染み出した栄養分と、冷たく潮の流れの速い津軽海峡の地の利を活かして、知内町でも40年以上も前から牡蠣養殖が行われています。この日、漁船に乗せてくれたのは、西村漁業部代表の西村千代三さんでした。

 岸壁を離れ、テトラポットが積み重なる堤防の先端部を過ぎると、もう外海です。長さが15mほどある漁船は、一気に速度を上げ、私たちにとって運良く穏やかだったこの日の海面を切り裂いていきます。5分も経ったでしょうか。陸が少しだけ遠ざかったころ、西村さんは何かを見付けたのか船の速度を落としました。 牡蠣は、川から流れ込む栄養分で増える植物性プランクトンを食べて育ちます。知内川の河口に近いこの海域は、まだ若い1年目の牡蠣たちが育つ場所です。

 海に浮かぶブイに船を回り込ませ、クレーンについたカギ爪を手指のように操作して引っ掛けました。ブイは、海面と水平に伸びる太い幹綱につながっていて、さらに幹綱には、枝綱という何本ものロープが等間隔に括り付けられています。海中に垂直の吊り下げられた枝綱の先に、今日のお目当てである牡蠣がいます。幹縄から数本の枝縄をほどき、カギ爪に素早く結びつけると、高さ5mほどもあるクレーンで引き揚げます。高々と空に浮かんだ枝縄に、コブのような大きな塊が鈴なりになっています。これが牡蠣なの?

知内町の牡蠣養殖漁師の西村さん
知内町の牡蠣養殖漁師の西村さん

牡蠣漁師の仕事は研究すること

 西村さんは、ポカンと空中の牡蠣を見上げる私たちを気にすることもなく、枝縄をゆっくりと甲板に拡げた網の上に降ろしました。

「牡蠣のことはまだわからないことが多い。」

 西村さんはそう言いながらも、作業の手を止めずに、図々しく乗り込んできた私たち3人のしつこい質問に答えてくれます。

 北海道の漁師は、牡蠣が産卵するのに適した環境の東北は宮城県から稚貝を買っています。稚貝は、ホタテの貝殻の土台にいくつも張り付いていて、それを枝縄に括り付けて沈めるので、コブのような塊に育つのです。西村さんが次の作業に取り掛かります。塊を機械のローラーにかけて砕いていきます。バリバリとすごい音を立てて、一つの塊は、5や10にもバラバラに飛び散っていきます。転がった一つを見ると、やっと見慣れた牡蠣の形になりました。

「これで出荷できる形になったんですね?」 

 そう聞く私たちに、西村さんが答えます。

「まだまだこれから。」

 バラけさせた牡蠣はまず陸に持ち帰って、貝殻の表面についた海藻や小さな生き物をキレイに取り除いてから、もう一度海に戻すというのです。今まで吊るしていたのは、水温が高くプランクトンが多い表層。それは大きく身を太らせるため。今度は、沖の海水温が低い深い層に、カゴに入れて沈めておくのです。カゴの中で牡蠣たちは、数カ月も潮に揺られて擦れ合い、殻の形が良く、身の締まった成熟した牡蠣に生まれ変わるのです。

「いろいろ試してきて、今も研究中だよ。」

 私たちが西村さんを頼って知内町を訪れたのは、西村さんがすでに牡蠣の養殖漁師として、多くの方に認められていたからでした。地域をけん引する漁師さんのイメージは、頭が下がるほどに謙虚で研究熱心でした。毎日のように沖に出ては、牡蠣の様子を観察して、吊るす場所や深さを調整するそうです。ですが、牡蠣は未だに謎が多い生き物。予想と違う結果になることもしばしばのようです。

 そう告白してくれた西村さんは、沖での作業を終えて漁港に船を停泊させると、船べりにこしかけ、最後に引き揚げた出荷準備が整った2年物の牡蠣の殻を開いてくれました。

「どうだ、食ってみるかい?」

知内の牡蠣
船上で開いてくれた牡蠣

牡蠣の味の先に見えるもの

 私たちちゃっかり者3人は、顔を見合わせて互いの呼吸を伺いつつも、差し出された朝陽に白く輝く牡蠣に手を伸ばしました。普段は生牡蠣をほとんど食べない私は、少し戸惑いながらも、意を決して、大粒の牡蠣の身を口に含みました。ジュワ、トロー。海水のピリッとした塩味の先から、クリーミーで豊潤なスープが溢れてきます。くさみなんて全く無くて、爽やかな香りすら感じます。

 その衝撃的な風味は、理解してもらえないかもしれないけど、真っ赤に熟した新鮮なトマトを丸かじりした味を連想させました。トマトの中のゼリー質のようにとろりと溢れ出てくる旨みと、微かな緑の香りがするのです。知内川がもたらした豊かな植物プランクトンを食べて育ったのだから、あながち間違いではないかもしれません。海に浮かぶ漁船の上で食べた牡蠣の先に、地元の川の存在を感じるなんて、考えもしなかった体験です。

「まだシーズン前。これからもっと味は濃くなる。」

 漁港近くの仕事場に戻ると、西村さんは、私たちをプレハブのオフィスに招き入れて、缶コーヒーを振舞ってくれました。美味しい牡蠣を求めてここまで来た私たちと、もっと牡蠣の話をしたい。そう見えました。西村さんとの出会いは、確実に私の中の牡蠣のイメージを変えました。それは豊かな味はもちろんのこと、一粒一粒の牡蠣の先に、西村さんのような漁師さんの存在があることを教えてくれたからです。

 いつかまた、知内の牡蠣を食べる瞬間が来た時、この日見た、水平線から昇る朝陽を、知内川の河口に飛ぶ海鳥の姿を、そして海峡の潮に揺られる牡蠣の姿を思い出すはずです。それは、どの産地にも負けない美味しい牡蠣を育てるために、今日も沖に出る西村さんの誠実な想いと、強くつながってしまったからです。2時間近く話して、やっと帰りの車に乗りの込んだ私たちに、西村さんは照れくさそうにずっと手を振ってくれていました。

知内の豊かな海を照らす朝陽
知内の豊かな海を照らす朝陽

スペシャルオファー(2020年5月上旬時点)

 本格的な旬を迎えた知内漁業の西村さんの牡蠣が、函館水産物卸売市場にある若き魚介のプロ集団「マルショウ小西鮮魚店」のウェブサイトから通販で購入できます。牡蠣の味の先に広がる光景を、お宅にいても体験することができます。

 ぜひお楽しみください!!!

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