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食べたら見に行く寿都の海

EPISODE #240

食べたら見に行く寿都の海

2019.7.5

シーズン2,外食

必ず食べると約束した魚

「この一カ月しか獲れない魚をぜひ食べてもらいたいんですよ。」

寿都町(すっつちょう)の大串さんが私にこう言ってきたのは、ちょうど1年前の今頃です。それはまさに「100マイル地元食」のシーズン1のチャレンジ最終盤。数日後に迫った最後のディナーに何を食べるのかを考えていた頃でした。というより、もう何を食べるか決めてしまった後でした。ごめんなさい。もう間に合わないかもしれない。そう言った時の大串さんの悲しそうな表情は今でも忘れられません。

「来年は必ず食べます!」それが大串さんと私の約束でした。

一年越しの約束を果たすため、この日は家族で大串さんに会いに行きました。我が家を乗せた車は、仲洞爺キャンプ場を後にして、波打つようにどこまでも広がる畑の中を北に走っていきます。蝦夷富士と呼ばれる見事な山容の羊蹄山の麓を西側にぐるりと回り込んだ先に、ニセコ町があります。大串さんは、今、この町で魚屋さんの店長をしています。魚屋さんと言っても、寿都町(すっつちょう)役場が2017年にオープンさせた「寿都アンテナショップ神楽(かぐら)」の鮮魚ショップのこと。ニセコ町は、今や世界中からパウダースノーを求めて観光客が訪れるリゾートタウンです。世界中の食いしん坊が集まる町で、寿都の魚介類の美味しさを体験してもらう。それが大串さん達が挑戦していることです。

思い返せば、シーズン1のチャレンジ中、大串さんには多くの魚を食べさせてもらいました。漁協直営の直売所「すっつ浜直市場」で偶然出会い、町の外にはなかなか出回らない珍しい魚を紹介してくれました。別の日には、大好物のマグロを熱望する長男(当時6)のために、市場を歩き回って100マイル範囲内の地元のマグロを見付けてくれました。そして、チャレンジ終了間際には、寿都町の漁師さんを紹介してくれて、漁船の上から定置網漁を見学させてくれました。彼の存在無くして、我が家が食べている魚を語ることはできません。

やっと見付けた地元のマグロ
やっと見付けた地元のマグロ

そんな大串さんが自信を持って勧めてくれた魚。美味しくないはずありません。

寿都漁港直送の生シラスを食べる

生憎の冷たい雨ではありますが、「神楽アンテナショップ神楽」には新鮮な魚介類を求めて多くのお客さんが訪れています。鮮魚ショップの店内に入ってすぐに目に付くのが大きな生け簀です。寿都湾で育った大きなホタテやツブ貝が生きたまま売られています。手前のショーケースには、名物の「寿牡蠣(ことぶきかき)」や、旬のサクラマスがずらりと並んでいます。他にも冷凍された加工品やお土産品もあって、生の魚介類を買えない旅行中の観光客でも、浜の活気に触れて楽しむことができます。私たちもキャンプの間にバーベキューで食べられそうな牡蠣と鮮魚を買うことにしました。

寿都アンテナショップ神楽の生け簀
寿都アンテナショップ神楽の生け簀

お店の前で少し待っていると、大串さんがやってきました。いつもの、はにかんだ笑顔です。久々の再会を喜び合います。

「生シラス、もう食べました?」

大串さんと今年は必ず食べると約束していた魚、それが生シラスでした。「神楽」では、鮮魚ショップの隣に寿都の魚介類をふんだんに使った料理が食べられるレストランがあります。生シラス丼は、5月の一か月間しか食べられない大人気の限定メニューでした。

「そうでした!さっそく食べてきます!」そう言うと、会話もそこそこにレストランに向かいました。明るく広く、開放的な店内。スタッフの方に促されて歩いていくと、子連れでも周りに気を遣わなくて良いようにと、奥の広い個室に案内してくれました。メニューの1ページ目には、大きく釜揚げシラス丼の写真が載っています。生シラスは、その時の入荷状況次第とのことですが、今日は運良く食べられるようです。妻と私は、欲張って「生と釜揚げの2色丼」を頼みました。子供にも食べやすそうな、うどんやパスタもあって子連れの我が家でも安心です。

ついに私たちの前に現れた約束の魚、生シラスは、ご飯の上で透き通ってキラキラと輝いています。さて初めて食べる春の恵みは、どんな味なのでしょうか。でも、せっかくの瞬間だというのに、私の頭の中に一つだけ拭い去れない想いがありました。

「Ocean to Table」の心残り

念願だったシラス丼を前にした時、胸をよぎるある記憶がありました。それは心残りというか、罪悪感というべきか。それは「100マイル地元食」のシーズン1で、寿都町の漁船に乗せてもらった時のこと。海からサクラマスが揚がる瞬間から、料理をして我が家の食卓にのる最後までを追いかけたことで、「Ocean to Table」が完成した瞬間でした。海と食卓を直接つなぎ、その間にある全ての物を飛び越えて食事をした瞬間に何を感じるか。あの時の私は無邪気にそれを確かめたかったのです。

寿都の定置網漁を目の前で見た瞬間
寿都の定置網漁を目の前で見た瞬間

結果は、素晴らしいものでした。世界で一番、新鮮で想い入れのある魚。目を閉じれば、船の揺れ、海鳥の喧騒、漁師さん達の颯爽とした動きがまぶたに浮かぶ魚です。そこには震えるほどの感動がありました。ですが、チャレンジを無事にゴールし、日を追うごとに興奮が落ち着いてくると、なにか違和感のような感覚が確かに胸に残っていると感じるようになりました。私が飛び越えてしまったものは、本当に意味が無いものだったのでしょうか?現代都会人にとって、普段食べている食べ物は、多くの人たちの手から手に渡り、目の前に届いています。その全てが人たちの仕事を無駄なものと決めつけて良かったのでしょうか?

魚も肉も野菜も、米や牛乳だって、採られた瞬間から鮮度が落ちていき、価値をすり減らしていきます。それは生の食べ物なのだから仕方がありません。多くの人の手を渡るということは、それだけ時間がかかって鮮度が落ちることを意味します。それに、多くの人の伝言ゲームが進むほど、食べ物が育った風景や生産者さんのストーリーも次第に薄れてしまいます。だからこそ、私はその全てを一気に飛び越えてしまおうと考えたのです。

だけどもし、食べ物に関わる人たちが、その価値を上げているとしたら?船上での丁寧な活締めで魚の本来の価値を保ってくれる漁師さん。漁師さんの想いに自分のストーリーまで重ねて伝えてくれる魚屋さん。そして、様々な食材を組み合わせることで魚の美味しさを何倍にも高めてくれる料理人さん。私たち消費者にはできないことを、プロの仕事としてやってのけるすごい人たちです。そんな人たちを無視して飛び越えてしまうなら、「100マイル地元食」のチャレンジににどんな意味があるのでしょうか?

シーズン2のルールに外食という新しい要素を加えたのは、この心残りがあったからかもしれません。かつて私が飛び越えてしまった多くの人たちへの敬意を取り戻すために。我が家がこの風変わりな生活で心から感動しているのは、ただ新鮮なだけの食材などではなく、心を込めて目の前の食材を大切にしている地元の人々の想いです。そんな人たちの仕事に触れたい。シーズン2のチャレンジは、そんな好奇心に後押しされて新しい方向に動き出しているのでした。

生シラスの衝撃と次なる挑戦

「寿都町アンテナショップ神楽」で食べる寿都産シラスの「生と釜揚げの2色丼」は、衝撃的な味わいでした。生シラスは、つるりとした食感で舌の上を滑ったかと思うと、穏やかな海の滋味そのままに旨みと渋みが広がります。釜揚げシラスは一転して、ふっくらしていながらプツプツという食感があり、火が通ったことで活性化した旨味がしっかりと感じられます。プツプツつるり。シラスたちが熱々のごはんと口の中でほどけて、喉の先に流れ込んでいきます。柔らかくて傷みやすいというのに、まったく嫌な生臭さを感じません。おそらく、海から揚がった生シラスの価値を保つように、漁師さんや魚屋さん、料理人さんが細心の注意を払いながら、この丼の中に送り届けたのでしょう。

生シラスと釜揚げシラスの2色丼
生シラスと釜揚げシラスの2色丼

こんなに美味しい食べ物があるのか。初めて食べた生シラスには驚かされました。この旬の味を粘り強く勧めてくれた大串さんの気持ちがよく理解できます。

「めちゃくちゃ美味しかったです!」隣の魚屋にいた大串さんに興奮気味に伝えます。

さて、何も考えずに外食を楽しめるのはここまで。これからがシーズン2特別ルール “外食ルール” の真骨頂です。外食した埋め合わせに、シラスの生産者である寿都の漁師さんに会いに行くか、地元の食材だけでシラス丼を再現しないといけません。後者の再現のために寿都までシラスを買いに行くのなら、前者のルールを適用して漁師さんに会えないか。どちらもしないなら、同じ額の “罰金” を支払うことになります。シラス漁の漁師さんに会う。そんなことが本当にできるのかと、寿都の漁業を知り尽くしている大串さんに聞いてみます。

「シラス漁は5月末までやってます。天気にもよるけど、徹夜で漁港にいれば水揚げに戻ってくる漁師さんに会えるかもしれませんね。」

私が言い出したら聞かない性格なのをすでに知っている彼は、普通の消費者なら決してやろうとも思わない手段を教えてくれました。こんなに大変ですけど、ほんとにやりますか?そう挑戦するようにです。

「行きます。大潮の平日の夜のワンチャンスに賭けます。」挑まれると燃える。どうしようもない性格です。こうして、一杯のシラス丼をきっかけに、漁師さんに会いに行くという突拍子もない挑戦が始まるのでした。

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