MENU

TOP
タコ漁師と子供のタコ教室

EPISODE #245

タコ漁師と子供のタコ教室

2020.8.5

おもてなし,シーズン2

タコパーティー始まるよ!

 小雨の降り始めた札幌の空。我が家の庭に、ファーマーズマーケットで使うようなテントを立てて、長机を置いたら即席の体験会場の出来上がりです。主役のミズダコは、透明なプラスチックの衣装ケースの中で、穏やかにスー、ブフー、と苫前町の海水を吸っては吐きを繰り返しています。初めてのミズダコ活輸送プロジェクトは、見事に成功したのでした。

 「タコどこー!?」

 元気な子供の声が遠くから聞こえてきました。まだ集合時間には早いのですが、待ちきれなくなったのか、招待状を持った近所の子供たちが集まってきました。緊張気味だったタコ漁師の宏一君にも、魚の先生の青木君にも見向きもせず、水槽のタコに一直線です。

 「ギャー、キモーい!」「触ってもいいの?」

活きたタコに触れる子供たち

 初めて対面する活きたタコに、子供たちはそれぞれの個性的な反応を見せてくれます。触っていいよと伝えると、勇気のある子から手を伸ばします。それまで大人しくしていたタコは、子供たちの手から逃れるように軽快に別の角まで泳ぎます。その度に上がる子供たちの声。そうです。これを期待していたのです。宏一君はというと、子供たちと同じ目線で話し始めています。彼は、本当に子供が好きなようです。

若き漁師が教えるタコ漁の魅力

 この日、近所の子供たちとママ友が20人以上も来てくれました。北海道らしく大きな作りの我が家でも、手狭に感じるほどの盛況っぷりです(イベントは2019年5月に開催しました。)。まずは、苫前町でミズダコ漁を営む小笠原宏一君が、タコ漁の様子と道具を説明してくれました。

いさりの説明をするタコ漁師の宏一君

 北海道のタコ漁には、いくつかの方法があるそうです。壺や箱を沈めて中に入ったタコを獲る方法はなんとなく知っていましたが、宏一君が行うのは、「樽流し漁」という初めて聞く方法です。鮮やかな朱色の樽を海にブイのように浮かばせ、樽から綱を海底まで垂らします。綱の先には、これまた初めて聞く「いさり」という漁具をつなぎます。「いさり」は、赤い頭のタコのような、大きなエビのような、はたまた月面探査機のような不思議な形をしています。

 「いさり」を沈めておくと、ミズダコが縄張りに入ってきた敵と勘違いして掴みかかります。海面に一列に浮いたいくつもの樽は、潮にのって並んで流れていきますが、ミズダコがかかった樽は引っ張られるので、樽の列から引き離されます。これを見つけた漁師は、小舟を走らせ樽を掴み、綱を巻き上げて一気にタコを海底から引き上げます。これが苫前の漁師さん達が行う「樽流し漁」です。日々の漁で鍛えられた彼の腕はたくましく、20代という若さで地域のタコ漁師のエースにまでのし上がったという話も、あながち嘘ではなさそうです。

 船の上から海底の起伏を読み、タコの居場所に届くよう投入する「いさり」。タコがかかる瞬間の興奮と、小舟に引き上げられて暴れるタコとの格闘。その若者が語る漁の様子は、釣り好きの無邪気な子供のようであり、仕事に情熱を傾ける職人のようでもあります。さっきまで騒がしかった子供たちも、真剣な顔で聞き入っています。

魚食の伝道師の絶叫解剖教室

 この日のゴールは、活きたまま運んできた地元の海のタコを、みんなで料理して食べることです。そのためには、可哀そうな気もしますが、タコを食材として解体しないといけません。そこで青木君の出番です。彼は、日頃から東京を拠点に魚を楽しく美味しく食べることの大切さを伝える活動をしています。タコの解剖教室は、彼の十八番の得意なプログラムです。

 水槽から取り上げられたミズダコが、子供と大人がぐるりと囲んだテーブルに乗せられました。いっぱいに手を伸ばして、水の中に逃れようと動き回るミズダコに、子供たちも興奮気味に反応します。青木君に掴まれて、包丁で目と目の間にある急所をぶすりと刺されると、それまでうねうねと動いていた足がだらりと止まりました。活締めです。不思議だったのは、タコの身体が縦に半分だけが止まり、白っぽく色が抜けたことです。青木君が言うには、左右の半身につながる脳があって、片方の急所だけを刺すと半分だけ締まるそうです。

 そこからの解体の手際は見事でした。丸い胴体を切り離して、ぐりんと裏返すと、中からカラフルな内臓が現れます。青い血を流す3つの心臓、2つのエラ、大きな肝臓、胃袋とぐるぐる巻いた謎の内臓などなど、順番に説明しながら切り分けていきます。ギャー!ワー!えー?っと、子供たちが絶叫する度に、青木君は嬉しそうにしています。彼にとっては、この絶叫こそが、その日の手応えを感じる瞬間なのです。

青木宏樹先生のミズダコの解剖教室

 解剖教室の最後に、肝臓にくっついている墨袋から絞り出した墨を使って遊びます。タコの吸盤をスタンプにしたタコ墨アート作りです。はじめは、一つずつ吸盤の丸い形を確かめるように押していた子供たちですが、ムニュという感触が面白いのか、何度も何度も押していきます。瞬く間に紙はタコ墨で真っ黒になりました。初めての体験を終えて、子供たちの表情も活き活きとしてきました。苫前町の港から運んできた活きたタコを子供たちは全力で楽しんでくれています。後は、そうです。お料理して食べてもらうだけです。

「漁師も同じ人間」という気付き

 外の特設ブースで行われた体験教室の後、活締めされたミズダコを食材として受け取りました。3~4kgで小さめとは言っても、足の付け根近くでは指3本分ほどの太さがある立派なタコです。料理するのはワクワクしますが、同時に子供たちを喜ばせなければいけないので責任重大です。

 早速キッチンで調理に取り掛かろうとしていると、外の特設教室から戻ってきた子供たちが、漁師の宏一君を引っ張って戻ってきました。料理ができるまでは自由時間です。子供たちにとっては、相手がどんな職業の人だろうと関係が無く、一緒に遊んでくれるかだけが関心事のようです。宏一君も青木君も、子供たちの求めるがままに、テレビゲームをしたり、かくれんぼをしたりと、楽しそうに遊んでいます。

 「漁師って、普通のお兄ちゃんだね。」

 もしかすると、この日の子供たちにとっての一番の学びは、こんなシンプルな気付きだったのかもしれません。都会で生きる現代の子供たちにとって、遥か彼方の別世界にいる漁師という未知の存在は、実は自分と同じ人間だったのです。それも、一緒に遊んでくれる優しいお兄ちゃんでした。この日のホームパーティーが終われば、現代都会人の当たり前の日常に戻ってしまう子供たちですが、一つだけ変わったことがあります。それは、今後、タコを食べる度に宏一君を思い出すということです。

 自分の前に置かれたタコという食べ物の先に、漁師さんを確かな存在としてイメージできる。これだけで、タコを食べるという行為は、何倍も楽しく美味しい体験に変わります。大げさかもしれませんが、この日、子供たちの中で宏一君が、タコという食べ物を代表するスターになったのです。この内の何人かは、苫前町の海に行き、宏一君に再会するかもしれません。そして、本当にわずかな確率かもしれないけど、この内の1人が将来タコ漁師を目指すかもしれません。

 そんなことが起きたら良いなと、一人でぶつぶつと呟きながら、パーティー用のタコ料理を作っていきます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


前の記事へ

次の記事へ