ついに我が家に先生がやってきました。準備していたおもてなしメニューに地元で過ごした日々の思い出が溢れ出ます。でも、この日、先生が一番喜んだ料理は意外な物でした。

今回は、高校の恩師を招いたおもてなしの本番のお話。

 

始まりは2種の刺身と極上の地酒

先生は、室蘭への里帰りの際、札幌にわざわざ一泊してくれます。夕方になって、市内のホテルまで先生を迎えに行きました。ロビーに降りてこられた先生は、いつも通りの飾らない人懐こい笑顔です。一緒に連れてきた長男(6)と長女(3)は、楽しみにしていたはずなのに恥ずかしがってよそよそしくしています。

我が家に着くと、家で待っていた妻と次男(0)が出迎えます。数カ月前に会ったばかりですが、次男は見違えるように大きくなっているはずです。早速ですが先生に席についてもらって、100マイル地元食のおもてなしパーティーの始まりです。地元の味に先生は喜んでくれるでしょうか。

まずは、寿都漁港の「すっつ浜直市場」で買った脂がのった本マスのルイベと、室蘭のスーパーで買った真ツブの刺身から始めます。合わせたのは、夕張郡栗山町の小林酒造の、“北の錦 秘蔵純米酒” です。すっきり辛口ながら熟成されたコクの見事な酒は、個性が強い2種類の刺身をしっかり受け止めています。

本マスと真ツブ
本マスのルイベと真ツブの刺身

 

タラ鍋が呼び起こす室蘭での記憶

先に準備していた、赤玉ねぎポン酢の大根サラダと、白老牛スジ肉と大根の煮物を出してから、この日のメイン、棒鱈で出汁をとったスケトウダラのお鍋を出します。タラの旨味と香りに満ちた優しい味噌味のダシが、室蘭のスケトウダラの身やホタテ、伊達の下仁田ネギをふっくら柔らかく炊き上げています。

室蘭のスケトウダラとホタテのお鍋
室蘭のスケトウダラとホタテのお鍋

先生は思い出したように、室蘭で過ごした幼少時代の話をしてくれました。室蘭は、100年以上続く製鉄所の町です。今は、度重なる合併で新日鐵住金室蘭製鐵所になっていますが、先生が子供の頃は富士製鐵の製鉄所でした。先生のお父さんは、そこに勤められていたそうです。

かつて室蘭では、工員、若手社員、管理職など、製鉄所で働く様々な立場の方が住む地域が分かれていたそうです。学校であっても、重役の子供と平社員の子供には上下関係があったという話に時代を感じます。タラ鍋が、育った町の記憶を呼び起こしたのか、たくさんの話をしてくれます。

 

満腹でも食べたい思い出の魚

先生は、子供たちのために焼いた新得地鶏のカリカリ焼きも何枚かつまみ、お気に入りになったお酒も進んでいます。お腹も良い具合に満たされてきた頃でしょうか。そろそろ締めのご飯をお出しするタイミングです。この日は、別に取っておいた棒鱈の出汁で、焼きおにぎりのお茶漬けを作っていました。

そんな時、岩内の海洋深層水を使った日本海の魚の干物が話題に上りました。まだ、ニシンとホッケ、そして宗八ガレイが、しっかり冷凍庫にとってあります。

「うわあ、宗八ガレイあるの?食べたいな。」

もうほとんど満腹のはずの先生が、準備していたメニューには入っていない宗八ガレイの干物を焼いてほしいと言うのです。そんなに無理に食べなくても、と思い直すように言っても聞き入れません。今日を逃したら食べられない、だから絶対食べたい。そんな強い想いを感じました。

宗八ガレイとお茶漬け
宗八ガレイの干物と棒鱈出汁のお茶漬け

 

先生から学ぶ素敵な人生のヒント

少し炙るだけで独特の香りが広がります。一晩干したことで適度に締まったキメ細かい白身、清浄な海水の複雑な塩味と渋み。先生は、かぶりつくように食べています。室蘭で水揚量が一番多いのがスケトウダラで、それに次ぐのがカレイです。宗八の干物は子供の頃から食べ慣れた地元の味だったそうです。

先生は、宗八ガレイをきれいに食べてから、締めのお茶漬けも、妻が準備していたシークワーサーシャーベットとミルクアイスも、すっかり平らげてくれました。おそらくお腹はかなり苦しくなっていたはずです。でも、妻と私がこの日のメニューに込めた想いを、先生は残さず受け取ってくれました。

先生と子供たち
子供たちにせがまれ全くできないTVゲームをする先生

食後、TVゲームで遊んでいる先生と子供たちを見て、考えていました。妻や私、そして子供たちが先生ぐらいの歳になった時、同じように宗八ガレイを心から食べたいと思うのだろうか。そう考えると、私たちが日々食べているご飯は、人生の中で大きな意味を持つ気がします。

故郷を離れて40年経っても、帰ってくる町と、食べたくなる味がある。それはすごく素敵な人生に見えます。勉強には不真面目だった私ですが、大人になった今、先生の生き方から多くを学んでいます。