むかわ町で丸干し柳葉魚(ししゃも)、新ひだか町の太田養蜂場でハチミツを買い、さらに鮮魚を求めて、隣町の魚屋さんを目指しました。

静かな港町、海を背にしたそのお店には、光り輝く魚と出会いが待っていました。今回は、太平洋を目指した魚の買い物の後半です。

東静内の高槻商店

太田養蜂場があるのは、新ひだか町静内。お母さんに教えてもらった鮮魚店、高槻商店は、東隣りの東静内にあります。右手に広く穏やかな太平洋を眺めながら、まだ見ぬ魚屋さんに思いを馳せます。どんなお店なのか、自然と期待が高まっていきました。

日本海側の鮮魚を買えるお店は、寿都の浜直市場厚田港の朝市浜益の漁師の店など、すでに多く見つけていました。ですが、太平洋側では不思議とまだ見つけられていませんでした。冬は北風で荒れやすい日本海。太平洋側の魚屋さんは貴重です。

静内駅を過ぎ、川を渡ると目印のコンビニが見えてきました。お店は、コンビニの手前にあるはずでした。ですがそこには、看板も無い一軒家のような建物がありました。よく見ると、軒先には干物が干してあります。間違いなく魚屋さん、高槻商店でした。

美味しい地元の魚を売るプロの店
高槻商店
看板が無い魚屋 東静内の高槻商店

豪華な装飾があるお店ではありません。魚を売るという機能だけに絞った、整理されたプロの仕事場です。高槻商店や漁協のトロ箱に氷が敷き詰められ、鮭、カレイ、カスベにツブ貝が丁寧に並べられています。派手さはなくとも、自信あふれる店構えに、ここは間違いないと確信します。

トロ箱
地元で揚がった鮮魚

脇の流しで、作業をしている方に会釈をして、トロ箱の先にあるガラス戸をくぐりました。“東静内で獲れた魚”という立札の前に、カレイ、キンキに八角、大きなカジカが並んでいます。「いらっしゃい。」奥から誰かが出てきました。

マカジカ
中央がマカジカ 右隣がイソカジカ

ひげを生やした中村獅童のような方です。今年36歳になった私と同年代でしょうか。それが、高槻商店の店長、堀田さんでした。店に並ぶ多くの魚の特徴を、1匹ずつ丁寧に教えてくれます。地元の魚の知識の多さ、そして語りの上手さに圧倒されます。

異色の経歴を持つ魚屋さん

魚を挟んで会話を続けるうちに、堀田さんが、この東静内で鮮魚店をやられている経緯に興味を持ちました。彼は、少し照れくさそうに、かつて六本木で寿司屋をやっていたこと、人生の綾で、巡り巡って東静内の魚屋さんの道を選んだこと、話してくれました。

それで納得しました。魚の知識はもちろんですが、いつどう食べれば美味しいかの知識が、とても豊富なのです。魚を食べさせるプロが、魚を売っている。これは、有り得そうでなかなか無いことです。会話の最中も、ひっきりなしに掛かってくる外食店からの注文の電話が、彼がこの地で築き上げた信頼の証でした。

堀田さんが薦めてくれた魚は、これからが旬のマカジカとイソカジカ、大きく肉厚なスルメイカ。そして、外に並んでいた鮭の中でも、ひと際、輝いていた“銀聖”でした。日高沖の定置網で獲られた、まだ茶色い婚姻色になる前の銀毛鮭の内、特に大きく美しい鮭を選抜したものが、“銀聖”です。

選んだ土地で食い生きていくということ
銀聖
日高のブランド鮭 銀聖(オス)

私も、かつて東京で働いていました。でも、“食べる”という、人生の中で大きな意味を持つはずの行為をもっと掘り下げるため、そして、“食べる”ことを、仕事として追い求めるために北海道に移住する決断をしました。

堀田さんと私、経緯と職業は違くとも、選んだ土地は同じです。そんな2人が、不思議な縁で出会うことができました。私にとって、また特別なお店ができました。次は、必ず家族を連れて魚を買いに来よう。

最後に堀田さんは、ヒントをくれました。太田養蜂場のお母さんが引き合わせてくれた高槻商店さん。堀田さんは、太田養蜂場さんの優しさに感謝し、魚とハチミツで料理が作れないか、そう言いました。帰りの車内、すでに“銀聖”で作りたい、料理が1つ思い浮かんでいました。