我が家が100マイル地元食を始めるちょっと前、旦那は知らないけど、我が家はちょっとした危機にありました。このままでは、都会の中で家族はバラバラになってしまうかもしれない。

今週の妻の回は、サラリーマン家庭なら誰もが感じたことがある危機を、我が家がどう乗り越えたかというお話です。

突然の転勤

「転勤が決まった。」

会社に行っていた旦那から、突然の電話でした。その日は、長男(当時3歳)の入園準備のため、母親が手作りする決まりの手提げ袋の生地を買いに行こうとしていました。

普通なら転勤と言われると、抵抗を感じる人が多いのかもしれません。長男の幼稚園も決まってるのに。ですが、私は少しワクワクしていました

「どこ?」

「札幌」

この一言で、私は少しどころかかなり興奮していました。私にとって、北海道は子供のころからの憧れの場所でした。しかも札幌は、私が大好きだった「動物のお医者さん」というマンガの舞台になった北海道大学がある場所。

昔から憧れだったのにも関わらず、これまで一度しか行ったことがありません。その時も、日程が短かったせいで、ほとんど観光できずに不完全燃焼に終わっていました。

横浜での何不自由ない暮らし、でも...

こんな個人的な理由の他に、私にとっては転勤したい切実な理由がありました。それは、横浜での生活から離れたかったからです。

旦那は、移住を決めたきっかけを聞かれると、「妻が、僕が育った横浜が嫌いで...」と、よく人に冗談で話していました。本当は、横浜という街が嫌いだったわけではなく、そこでの我が家の生活が、幸せじゃなかったのです

結婚してすぐに長男を身ごもり、出産を機に、私は専業主婦になりました。

旦那は、平日、朝早く家を出て、夜遅くに帰ってくる生活でした。そして土日は、高校時代から続けていたハンドボールの練習や試合、付き合いのゴルフ。家族と過ごす時間がほとんどありませんでした。

家族がみんなバラバラ

旦那は、家には寝るために帰ってきているような生活で、私が丸1日自由に使える日は、月に1日あるかどうかでした。そんな生活では子供たちが旦那に懐くはずもなく、長女に至っては、旦那と二人きりにしただけで大泣きするほどでした。

家族のために、一生懸命働いてくれているのに、子供たちは旦那を「たまに家にいるおじさん」という認識。そして、当の旦那も、そんな生活に少しずつ疲弊していってるのは明らかでした。

ある日、子供たちを連れて行ったふれあい動物園で、一人ひよこを両手で包んで身動きもせず座っている旦那を見て、もうこの人は限界に近付いているなと、焦りました。そんな事もあって、私は転勤に大賛成でした。

札幌に来て劇的に変わった我が家

2015年春、札幌に越してきてから、生活は激変しました。190万人が住む大都市とはいえ、コンパクトな札幌。家が職場に近くなったこともあり、朝はゆっくり出て、夜は早く帰ってくるようになりました

子供が産まれてから初めて、平日でも旦那は、起きている子供たちに会えるようになりました。土日も家にいるようになると、子供たちも少しずつ旦那に懐いていきました

幼稚園入園の直前に越してきた長男も、来年からは小学校。ハイハイしかできなかった長女も、来年、幼稚園に入園します。今では、子供たちは、父親に会えなかった過去をすっかり忘れ、ようやく、いつでも本気で遊んでくれる良き父親として認識しています。

 

札幌での生活にもずいぶんと慣れ、唯一心配だった厳しい冬も、子供たちには毎日雪遊びができる季節として楽しみにしています。

子供のような旦那と始まった100マイル地元食生活

2017年春に旦那が会社を辞めて、フリーランスになってしまった今、生活の悩みと言えば、安定収入が無いというお金の心配があります。ですが、旦那がいつ仕事をして、いつ休憩しているのか分かりにくい事もまた、ちょっとした悩みです。

携帯ゲームをしているのかと思って手伝いを頼むと、実は仕事中だったらしく、思いっきり不機嫌にったり。仕事中だからと遠慮して私1人で家事を頑張っていたら、ただテレビを観ているだけだったり。旦那の働き方のオンとオフがとても分かりにくいのです

いっそのこと、仕事をしている時は、「仕事中」と書いた札でも首からぶら下げてて欲しいなと思っている今日この頃です。

ともあれ、100マイル地元食生活を始めて、家族みな心身ともに健康になったことは間違いなく、我が家は、ここ数年の中で、一番平和な時を過ごしています