「100マイル地元食って、なんだったんだろうね?」

ラストディナーで幕を閉じた1年間の100マイル地元食のチャレンジの日々。あの日々の興奮が夢のように過ぎ去ってから、もうすっかり季節も変わり、我が家の食卓にのぼる食べ物も様変わりしていました。離れてみて初めて分かる価値があります。

今回は、あの1年間のチャレンジにどんな意味があったのか考えてみます。

 

ゴールとともに終わった100マイル生活

チャレンジ最終日のラストディナーの後で、我が家にもいくつかの変化がありました。100マイル地元食ルールの食事を一度止めることにしたのです。幸いにも私の仕事も忙しくなり始め、どんどんと成長する子供たちも、広がり続ける世界に対応していくのに精いっぱいになっていました。食材調達にお料理にと、それなりに時間がかかる風変わりな生活は一旦横に置いておいて、目の前に転がる新しいことに集中しようとしたのです。

100マイル地元食ボード
チャレンジの記憶を貼り付けた地元食ボード

でも、私と妻は、気楽に考えていました。もうあんな生活に戻りたくないと思えば、戻らなければいい。戻りたくなったら、すぐに戻せばいい。100マイル地元食は、もうすでに我が家のライフスタイルの軸になっていました。今は、外に目が向いてもいい。流行りのものに飛びついてもいい。だって、私たちはすぐに帰れる温かい家のような、確かな食卓を手にできたのだから。

離れてみて初めて、それが持っていた意味が分かることがあります。のんびり屋の私たち家族はいつもそうです。

「100マイル地元食は、食生活の中に『私』を取り戻すきっかけをくれるもの。」

私たち夫婦にとってのこの1年間は、「食べる」ことの価値を再発見しているつもりが、いつの間にか「私」を再発見していたのかもしれません。

 

「私」を再発見できる食生活

「食べる」ことは、料理が目の前に現れ、それを口に運び、味わって飲み込むまでだけではないはずです。そこには、友人である生産者さんと出会い、彼らが育て、収穫し、捕獲し、命から食べ物に変えてくれたものを、私たち消費者が手渡しで受け取り、自らの手で料理をするという、とても大切な前半部分がすっぽりと抜け落ちています。

それだけではありません。ストーリーをたっぷりと含んだ料理を食べて、心から美味しいと感じた喜びと感謝の気持ちを、再び生産者さんに伝えるという、想いのリレーをぐるりと一回りさせる最後の1ピースも、「食べる」ことに含まれて良いはずです。そして、こんな「食べる」ことを日々の食生活の中で繰り返すようになった時、心の深いところで感動している「私」に出会うことができます。

すべての食べ物を取り巻くストーリーに「私」が登場し、感動して胸の奥が熱くなっている「私」に気が付きます。不安になる私、弱気になる私、生産者さんと心が通じ合う私、料理を食べる私に感動する私。そこには、コマーシャルから漏れ伝わってくる完璧な他人のストーリーではなく、不完全で気まぐれで、ごくごく個人的に大切なものに彩られた「私」のストーリーばかりが溢れているのです。

 

「私」がいない食生活を壊してくれるもの

なぜ、100マイル地元食は、私たち現代都会人が見失いがちな「私」を再発見させてくれるのでしょうか。

「自分を中心に半径100マイル(160.9km)以内の食べ物だけで生きる。」

これ以上ないほどのシンプルなルールですが、今、あなたが食べている食べ物を落ち着いて見てみれば、ほとんどが範囲外から来たものだと気が付くはずです。つまりこのルールでは、今、目の前にある食べ物のほとんどが食べられないのです。

そんな食べ物に溢れている社会の不思議はちょっと横に置いておくとしても、100マイルルールは普通の家庭の食卓をガラガラと崩壊させてしまうほどのインパクトを持っています。これまでの食の選択肢が役に立たなくなってしまった直後に、目の前に新しい世界が開けるのです。

足りない物だらけの冷蔵庫を埋めるために、あなたは初めて目を向けることになった地元を走り回ることになります。途方に暮れたあなたに、救いの手を差し伸べてくれるのは、地元の生産者さんたちです。あなたの中にある当たり前をすべて捨てるからこそ、新しい出会いと旬の食べ物をめぐるストーリーが生まれるのです。

「私」がいない現代都会人の食生活を捨てさせてくれる。それが100マイル地元食なのかもしれません。

 

「私」のストーリーに満ちた我が家の食卓

すっかり「私」を取り戻した我が家の食卓には、想い入れのある愛おしい料理が並ぶようになりました。そこには、家族の笑顔があり、食べ物をめぐる会話が絶えません。我が家の食卓は、私と妻と子供たちの心と身体を、いつもニュートラルな元の良い状態に戻してくれる大切な場所になりました。

100マイルの食事と、ルール外の普通の食事の違いがなんとなく分かってきた長男(7)。好き嫌いの真っ只中ですが私や妻が作った料理は美味しそうに食べてくれる長女(4)。母乳をやめて食べ物への興味を爆発させている次男(1)。

100マイル地元食ボード自宅周辺
家族それぞれの「私」のストーリーが詰まった食生活

食は、五感を通して心と身体にダイレクトに届きます。我が家では、それぞれが人生のステージに相応しい「私」が中心にいる食のストーリーのど真ん中にいます。地元の友人たちと共に食べ、共に生きる。ただそれだけのチャレンジは、想像もしなかった素敵な副作用で我が家の食生活を少しだけ前に進めてくれました。

次回、もう1話だけ「100マイル地元食」の可能性について書いて、このブログを終えようと思います。