海を渡り、瀬戸内しまなみ海道へ

夢のような時間は、やはり夢のようにすぐ過ぎ去ってしまうものです。地元の食材だけで「鳴門うどん」の再現を目指し、海を渡り、山を登ってきたこの数日間。4泊5日の瀬戸内・四国旅行もあっという間に最終日になりました。うどんがあんなに美味しくできたのだから、本来の旅の宿題だって絶対にうまくいくはずです。

「瀬戸内海の岩城島のレモンを買いに行く。」

もはや日本中のどこでも買えるレモンという果物を、わざわざ北海道からまだ見ぬ小さな島に買いに行くのです。それは、すすきので偶然出会った1杯のレモンサワーから始まった私たちだけの特別な旅のゴール。このレモンが育った島に行く。ただそれだけのシンプルな目的でした。現代都会人のがんじがらめになった食生活をひっくり返すのに、難しい理屈をこねる必要はありません。日常の外に広がる新しい世界に、無理やりに飛び出してしまえばいいのです。それがたまたまレモンサワーだっただけ。

岩城島レモンのレモンサワー
岩城島レモンを使ったレモンサワー

我が家の少しだけ普通じゃない「100マイル地元食旅行」のベースキャンプになってくれた「こんぴら町家貸切宿うす ~USU~」を後にし、私たちは一路、西を目指します。高松自動車道から、松山自動車道、今治バイパスへ。今治市まで来たら、楽しみにしていた「瀬戸内しまなみ海道」に入ります。愛媛県今治市から、瀬戸内海の島々を7つの橋でつなぎ、広島県尾道市へと渡る全長約60kmの道路です。瀬戸内海に個性あふれる島々の絶景を楽しめるこの道は、近年では「日本初の海峡を渡れるサイクリングロード」として人気を博しています。

もはや私たちの “地元” となった四国本島を後にして、一つ目の来島海峡大橋(くるしまかいきょうおおはし)に差し掛かった時、得も言われぬ寂しさを感じました。また帰ってきたい土地が増えたね。そんな事を話しながら、札幌ナンバーの車は海を渡る風のように、常緑の島々の風景に溶け込んでいきます。

思わぬうっかりで目の前が真っ暗

旅のゴール岩城島(いわぎしま)には、「瀬戸内しまなみ海道」が通る生口島(いくちじま)からフェリーで渡ります。生口島の洲江港(すのえこう)に車を停めて、「三光汽船フェリー」に乗り換えてわずか5分、手が届きそうなほどに近い対岸の岩城島の小漕港(おこぎこう)に渡るのです。1日30回以上も往復もする働き者のこのフェリーは、島に暮らす人々の生活に欠かせない足になっているようです。瀬戸内海の穏やかな海と岩城島のレモンを模した、水色と黄色で彩られたフェリー。温かな日差しが水面に反射し、船室の天井にきらきらと揺らめく波を映し出しています。私たちは、旅の最終目的地に降り立ちました。

レモンイエローに彩られた三光汽船フェリー
レモンイエローに彩られた三光汽船フェリー

でも、何も無い。小さな船着き場と待合所、それに島の中に伸びていく道路があるぐらいで、歩く人さえ見つけられません。事前に車内でネットリサーチをしたところ、岩城島にはフェリー港のすぐ近くに「いわぎ物産センター」という直売所があるはずでした。それだけではなく、民宿や飲食店が立ち並ぶエリアもあるはずでした。それがすっかり消え去ったように何も無いのです。妻と私の間に強烈ながっかり感と不穏な空気が漂います。

「調べたよね?なんか間違えてない?」

車を走らせている間のネットリサーチは妻の担当です。普段は穏やかな私も、さすがに妻に詰め寄りました。慌ててもう一度調べなおす妻。そして、思いもよらない事実が判明しました。岩城島には3つの港があって、私たちがいるのは島の北岸の小漕港、直売所があるのは南の岩城港でした。岩城港までは、島の周りをぐるりと6kmも回り込んだ先。こんなことになるとは思わず、車は生口島に置いあって、昼休みに入った次のフェリーが来るのは1時間後です。不穏な空気は静かに絶望へと変わりました。北海道から2,000kmも運転をしてきたのに、いつもの私たちのうっかりでレモンに辿り着くことができないかもしれない。そう思うと、めまいがしてきます。

「帰りのフェリーまで時間があるし、ちょっとだけ歩いてみようか。」

ふうーと大きく息をついて、どちらからともなく、提案しました。前向きになれたからではなくて、そうするしかネガティブな気持ちをやり込める方法が無かったからです。島の内側に向かう道は、中心部に位置する標高370mの積善山(せきぜんさん)に向かって登っています。1時間後のフェリーに乗るために、30分だけ歩いてみよう。期せずして岩城島ハイキングが始まりました。

優しさに触れた先で

歩き始めてすぐに、道の両側に黄や橙色の鮮やかな果実をたわわに実らせた木々が見え始めました。岩城島の特産品である柑橘類の果樹園です。1月の今の時期に生っているのは、伊予柑や八朔、オレンジでしょうか。レモンが有名な島ですが、多くの種類が育てられているようです。目の前で実っているのに買えない。「まだ歩くの?」という子供たちの不平不満の声に、妻と私の焦りも次第に大きくなっていきました。

そんな時、果樹園から出てきたお母さんが、農作業の道具を軽トラックの荷台に積み込んでいるのが見えました。お昼ご飯を食べに家に帰るのでしょうか。軽トラの脇を通り過ぎて数メートル歩いた時、堪らず振り返って声をかけました。

「あの、この近くでレモンを買える直売所ってありませんか?」

不意に声をかけられたお母さんは、すっかり慌てています。「うーん、この辺はどうだったかな。あったかなあ。」しばらく考えてくれましたが、やはり島の北側には直売所は無いようでした。そうですか、と顔に残念さを隠しきれずにいると、見かねたお母さんはこんなことを教えてくれました。

「この先に『ヤマザキ』があって、そこならもしかしたら...」

これが最後の望みです。もしそこまで行って売ってなかったら諦めがつくか。お母さんにお礼を言って、私たちは再び坂を上り始めました。

「ちょっと待って。これ一つしかないけど食べて。」

お母さんは、軽トラックの荷台に無造作に転がっていた一つのみかんをくれました。お母さんの目に、私たち家族がちょっとだけ可哀そうに映っていたのかもしれません。ですが私には、「レモンのためだけにここまで来てくれてありがとう。」そう言ってもらえた気がしました。足取りも軽くなります。

お母さんがくれたみかん
お母さんがくれたみかん

道は緩やかに右に曲がりながら小川に沿って登って行きます。途中、お地蔵さんの前で一休みをし、またすぐに登ります。ちょうど港を離れてから30分ぐらい経ったころでしょうか。大人よりも目が良い子供たちが声を上げます。

「あった!お店あった!」

以前は田舎でよく見かけた、オレンジと赤色の笑顔の太陽のマーク。ヤマザキショップでした。一見するとコンビニですが、お店の軒先には、農産物がが詰まった段ボール箱がたくさん並んでいます。そこに、思い焦がれた果物がありました。岩城島のレモンでした。いくらか傾き始めた冬の日差しを受けて、鮮やかな黄色の果皮が輝いています。やっと会えた。私たちをこんなに遠くまで引っ張り出したあのレモンでした。

やっと出会えた岩城島のレモン
やっと出会えた岩城島のレモン

我が家がたどり着いた豊かな食生活

買い物カゴにレモンを1袋、2袋、こっちの小さなレモンも、それにオレンジにみかん。帰り道、両手で持って歩けるだけ買うことにしました。お店のお父さんも、突如として来店した見知らぬ太客に、ニコニコしながら応対してくれます。旅にまつわる全ての想いが実を結び着地する瞬間。絶望と焦りの中で、島のお母さんの優しさに導かれ、一発逆転で辿り着いた旅のゴールでした。

「食の業界で働く私の食生活は、本当に豊かなのかな?」

私がそれまで勤めていた会社を辞めて、乱れきった自分の食生活と人生、そして家族と向き合うきっかけになった問いです。誰かが美味しいと言った、見た目と能書きだけは立派な食べ物。どこか別の世界から突然現れては、喉を通って消えていく食べ物。値段とカロリーだけが、私の人生に影響を与えていました。こんな物を食べ続けていても、食生活は豊かになるはずがない。そう考えていました。

「100マイル地元食」のチャレンジを走り抜ける中で、私と家族の食卓に奇跡が起きました。今では、我が家の食生活は豊かになったと、少しだけ自信を持って言えます。今、我が家の食卓に並んでいるのは、私たちにしか意味が無い、私たちが主役のストーリーです。地元の食材だけで再現した「鳴門うどん」、長男が初めて美味しいと言ったヤマロク醤油の木桶仕込み醤油、そして、諦めかけた先でついに出会った岩城島のレモン。我が家の食生活は、私たちが大好きな思い出で溢れています。特別な物じゃなくたって、流行りの食べ物と比べなくたって、大切だと言い切れる食べ物たちです。

あれも食べられるのかな?
あれも食べられるのかな?

生口島に戻るフェリーの上で、岩城島のお母さんにもらった一玉のみかんを食べました。瀬戸内海の太陽と潮風が生み出した甘さ、きゅんとするような酸味。ゴールに向かって背中を押してくれたお母さんの優しさ。すべてが詰まったみかんでした。いつかまた岩城島に来たいな。今度はゆっくり、ちゃんと車も持って来ないとね。また一つ大切な “地元” の思い出ができました。

すすきので飲んだ一杯のレモンサワーから始まった瀬戸内・四国旅行はこうして幕を閉じました。私たちの受け取り方次第で、世界はこんなにも広がるんだ。今まで深く考えてこなかった外食。でも、前向きに踏み込んでいけば、その先で素晴らしい世界が待っていました。外食の可能性。我が家の食生活をより豊かにしてくれるヒントに出会った気がしました。

「うまく外食を楽しめる『100マイル地元食ルール』は作れないかな?」

どんなに苦労をしても懲りない妻と私。やっぱり「100マイル地元食」は楽しくて美味しい。想いはすでに、次のチャレンジに向かっていました。これが、我が家の第2章、シーズン2のチャレンジが始まるきっかけになるのでした。

シーズン1.5 おわり