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EPISODE #193
【保存食】野山から真っ直ぐ届いたエゾ鹿の燻製
初めての鹿肉料理、鹿カツは期待と想像を遥かに上回る出来栄えでした。次はシンタマを使って、保存食の燻製を作ることにしました。野原で鹿肉を燻す間、むかわの野山とハンターさんに想いを馳せていました。
今回は、鹿肉の燻製の作り方と、ハンターさんからお肉を買う喜びのお話です。
購入した鹿肉は、内モモと外モモ、そしてシンタマです。内モモは鹿カツとローストでもう全部食べてしまいました。外モモは冷凍して取っておくことにして、シンタマ肉でセミドライタイプの燻製を作ることにしました。以前に東静内の高槻商店で買った日高のブランド鮭 “銀聖” で作ったスモークサーモンと同じ方法です。
シンタマ肉は、ぎゅっと引き締まった筋肉の塊です。このまま焼いてしまうと硬くなってしまいそうなので、保存もできて赤身の旨味も引き出せる燻製を選びました。筋を丁寧に取っていくと、中からワインレッドの繊細な筋肉が現れます。
ずいぶんと小さくなってしまったシンタマに、塩、砂糖、刻んだローズマリーとパセリを擦り込みます。キッチンタオルや、あれば吸水シートで巻いて、さらにラップをして、冷蔵庫で1週間以上熟成させます。途中、しみ出してきた水分をふき取って、塩と砂糖をさらに加えます。最後に1日、何も巻かないで冷蔵庫内で乾燥させたら準備完了です。
我が家では、豚肉のベーコンを常に作りだめしておいて大切に使っています。この日も2kgものベーコンを燻すために、家庭菜園近くの野原にやってきました。燻製器の中のベーコンを吊るす金網の上に、小さな燻製ができるスペースがあります。ここならシンタマがちょうど載せられます。
燻製は、温度の調節が大切です。まずは40℃ぐらいで1時間ほど、桜の木の香りを移しながら乾燥させていきます。次に60℃まで温度を上げて1時間、中までゆっくりと火を通していきます。これまでも繰り返してきた燻製の作業。燻製器の蓋のすき間や、くべるチップの量で思い通りに温度を操れるようになりました。
札幌の街中ではすっかり解けてしまった雪が、野原にはまだ残っていました。日当りの良い斜面にはフキノトウが顔を出しています。季節は、行っては戻りを繰り返しながら、確実に進んでいます。このエゾ鹿が駆け回っていたむかわ町の野山にも、今はフキノトウが芽吹いているのでしょうか。
よく「生産者の顔が見える食べ物」という言葉を聞きます。エゾ鹿は野生動物だから、生産者は野山でしょうか。この肉は「むかわのジビエ」のハンター、本川さんが撃って加工してくれたものです。私が手にしている鹿肉は、本川さんの前に広がる、「むかわ町の野山まで見える鹿肉」です。
矛盾して聞こえるかもしれないけど、本川さんは誰よりも鹿の命を大切にしているハンターです。狩猟は残酷だと言う人もいるかもしれません。それなら、尚更、私は本川さんのように命と向き合っているハンターから肉を買いたいと思います。その先の野山の息吹を感じながら。
我が家にある食べ物で、命由来ではない物は、海水から作られた塩しかありません。鹿肉も、鮭も、ミニトマトも、いんげん豆も、お砂糖だって命由来。100マイル内の地元の野山、海、畑で育まれた命に誠実に向き合う友人たちから食べ物を買う。そうすれば、命は命のまま、いやもっと輝く命になって我が家の食卓に真っ直ぐ届くのです。
燻製ができあがるのを待つ時間は、自由に読書と妄想を楽しめる時間です。シンタマを指で押してみて、ぐっと押し返すような弾力が出てきたら燻製の完成です。褐色の飴色になって見るからに美味しそうな雰囲気を放っています。
保存食にするために作ったものですから、そのまま仕舞っておくべきなのですが、食いしん坊の性情が許してくれません。ちょっどだけ味見してみることにしました。しっかりとした歯応え、熟成された赤身肉の旨味があるれます。渋い燻煙と爽やかなハーブの香りの先に、豊かな芳香がします。野生の鹿肉が持つ力を逃がさないだけでなく、内側でさらに強めています。
これは止められません。もうちょっと食べようとまたスライスをして、フライパンで軽く炙ったところで子供たちに嗅ぎつけられてしまいました。炙って活性化された脂と旨味。もっともっとと要求する子供たちから隠すように、冷凍庫の奥にしまい込みました。
むかわ町の野山から、本川さんが大切に届けてくれた鹿肉は、また少しだけ我が家の食卓を豊かにしてくれました。
エゾ鹿のシンタマ肉の燻製