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EPISODE #199
【水産ウィーク×食材調達】荒れる寿都湾に船が出る
もう無理だ。そう思っていた漁船に乗るという計画が、突如として再浮上しました。我が家の食卓に「Ocean to Table」の魚を届けるため、一縷の望みにかけて、寿都に向けて真夜中の街を後にしました。
今回は、水産ウィークの第6話目、漁船乗船の興奮レポートです。
夜明け前の3時のガソリンスタンド、冷たい北風に背を屈めます。100マイル地元食の挑戦を始めてから食材を探し求めて走った距離は3万kmを超えています。これで何度目の給油でしょうか。まだ暗い札幌の街を抜け出して、西に58マイル(93km)先の寿都を目指します。
青木君が来てくれた水産ウィークももう3日目、この日が最後のチャンスでした。ここまで来たんだから、やっぱり漁船に乗りたい。今回、漁船に乗る手配をしてくれた寿都町役場の大串さんからは、船が出せるかは朝の波次第で五分五分と言われています。
日本海沿いの道に出ると、昨日までの春の嵐の名残か、白波が岸に打ち寄せています。寿都湾は北に口が開いたポケットのような地形です。北風の日には遮るものが無く海が荒れます。少し早めに、集合場所の有戸漁港に着くと、そこには誰もいませんでした。
不安と焦りを抑え込んで、じっと待つしかない2人。そんな時、1台の車がやってきました。ドアが開いて現れたのは、青い上下の合羽と長靴姿の大串さんでした。
「おはようございます。船、なんとか出そうです。」
一度は切れかけていた細い糸が土壇場でつながりました。一か八かの結果を待っていた緊張は、すぐに初めて漁船に乗ることへの緊張へと変わりました。間もなく到着した船頭さんは、私たちの自己紹介とお礼の言葉を受け取ると、すぐさま出船の準備に取り掛かりました。
乗せてもらう船は、丸本丸(まるほんまる)、有限会社マルホン小西漁業が所有する漁船です。岸沿いに回遊してくる魚を、設置してある大型の網で獲る、定置網漁を行う船です。ライフジャケットも着ました。酔い止めも飲みました。手にはカメラだけ。遠巻きに、その時を待ちます。
10人ほどの漁師さんが現れたと思うと、無駄のない作業で準備が一気に進みます。
「さあ、乗って。」
大串さんの言葉に促され、岸壁から漁船に飛び乗ります。ぐぐっと沈み込む船べり。地面とは違う、不安定で不思議な感覚です。ディーゼルエンジンの轟音と振動に、私たちの鼓動も自然と高まります。丸本丸は、滑るように岸壁を離れました。
有戸漁港の外に進み出ると、船は急に上下に大きく揺れ始めます。漁ができるとは言え、漁船に初めて乗る私にとっては、体験したことがないほどのうねりです。そんなことには構わずに、船は連なる波に跳ね上げられながら速度を上げていきました。
10分ほど走ると仕掛けてある定置網に到着します。それまで笑顔で話していた漁師さん達にも凛とした緊張が広がります。定置網の袋状の網に閉じ込められた魚を獲り込む作業、「網起こし」が始まるのです。
数人が海面をじっと見つめています。探しているのは網起こしのきっかけとなるロープ。大串さん、青木君、私、そしてカモメたちも動きを止めて見守っています。次の瞬間、漁師さんは身体を乗り出して、素早く海中のロープを掴みました。それが網起こしの開始の合図でした。
全員が舷側に立ち、一斉に網を引き揚げていきます。この間、海中では袋状の網がすぼめられ、中の魚が追い込まれていきます。最後まで引き揚げた時、カモメたちが一層と激しく飛び交って、大きな声で鳴き始めました。海鳥たちは、この後なにが起きるのかを知っているのです。
立ち上がった漁師さんが、袋網の中を目がけて大きなタモ網を突っ込みました。
「あ、見えた!魚だ!」ファインダー越しに確かに銀色に光る魚体が見えました。
我が家の食卓のまだ足りなかったピースを探して、ついにここまで来ることができました。海中から現われた魚たちに、船上は興奮に包まれていきます。いよいよ魚たちとの対面の時です。