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EPISODE #128
【お料理】郷土料理で温まる冬の食卓
寿都漁港で買った大きなごっこ。教わった通り、ごっこ汁にしますが、これは本当に食べても良い生き物なんだろうか。もし、火星でこの生き物を捕まえたら、絶対に食べない。
でも、地元で愛されている食材には、やっぱり意味があるはずなんです。今回は、郷土料理に想いを馳せた、ごっこ汁のお話。
日本海から吹き付ける風雪の中で、なんとか辿り着いた寿都漁港。いつものすっつ浜直市場で買った見慣れない魚が、ごっこでした。お店のお母さんは、何も知らない余所者の私に、定番のごっこ汁に欠かせない食材の、生の岩海苔のことを教えてくれました。
ごっこは、北海道と東北で呼ばれる別名で、本当の名前はホテイウオです。布袋様のような、まん丸な顔とお腹、背負った布の袋のように全体が軟らかです。いいえ、軟らかというより、ぶよぶよで、ぬるぬるです。お腹には、異世界への入口のような、大きな丸い吸盤が付いています。
包丁は滑って役に立たないので、キッチンバサミでお腹を開き、吸盤と内臓を取り除きます。さっと湯通しして表面のヌメリを取ってから、唯一硬い口を切り落とし、残りを骨もろともぶつ切りにします。この魚を最初に食べた昔の人は、よっぽど空腹に耐えられなかったのでしょう。
100マイル地元食を始めてから、私の地元食材への好奇心は日に日に強まるばかりです。今、この場所でしか買えない食材を避けて通れば、たぶん二度とお目にかかれないからです。面白い、新しいと感じたら、迷わず買います。ごっこ汁という地元で愛される郷土料理を、自分の口で食べるまでは、「本当に好きかな?美味しいのかな?」は考えないようにします。
郷土料理とは、まだ地球の裏側からサーモンや塩サバやアボカドが食卓に届かなかった時代から、地元で食べられてきた料理です。つまり、地元で獲れる食材だけで作ることができます。
だから、100マイル地元食に挑戦する我が家にとって、郷土料理は一番現実的な調理方法なのです。ごっこ汁を食べる勇気を絞り出すために、たくさん理屈をこねました。さあ、もう大丈夫です。
浦河町の昆布と、八雲町の鮭節で出汁をとります。本当なら、出汁をとった後の昆布と鮭節は捨てるべきなのですが、最近はもったいなくて、どちらも小さく刻んで出汁に入れっぱなしにしています。教科書では臭みが出ると邪道扱いですが、これも美味しい具になります。
そこに、ぶつ切りのごっこ、大根、人参、長いも、長ネギを入れます。臭みがあったら嫌なので、日本酒も入れます。具に火が通ったら、自家製味噌を入れます。汁と具1リットルに味噌60g。これも、最近編み出したちょうど良い薄味の味噌汁の作り方です。塩分12%の味噌だから、塩分濃度0.7%の味噌汁になります。
ぶつぶつ言いながら、最後に生の岩海苔をたっぷり入れました。黒褐色だった海苔が、熱が加わると、すぐに鮮やかな緑色になります。すると、ふわりと漂う海の香り。鍋とガスコンロの先に、寿都の青空と磯が広がりました。
ひと煮立ちしたら、器に盛ってごっこ汁の出来上がりです。汁をすすると、まずは岩海苔の香りが広がり、次にごっこのあっさりした旨味を感じ、最後に根菜の優しい甘味がまとめてくれます。見た目の深海魚感からは想像できない、すっきりとした温まる汁です。
じゃあ、身はどうか。プルプルでトロトロです。身のすべてが分厚い皮のようです。ちょうど、アンコウの皮のとろける食感をずっと食べているような感じです。これはなかなかどうして、食べ手が試される食感です。私と妻は、汁を満喫することにしました。
真冬の荒れる北海道や東北の海、1年間のこの時期に限って、毎年、愛らしいごっこが獲れて、地元の方たちが、ごっこ汁にしてずっと大切に食べ続けてきたのでしょう。郷土料理という派手さの無い言葉の後ろには、土地の個性と、先人たちの暮らしがあります。
100マイル地元食を続けていて、郷土料理が生まれ、愛され続けてきた理由を、なんとなく考えるようになりました。今ここでしか食べられない汁で温まる、そんな冬の夕飯も、地元の良さを知る大切な時間です。
※正式なごっこ汁は、醤油味が主流のようですが、我が家には醤油が無いので、味噌で代用しています。
※味噌の分量は、塩分濃度0.7%にすべく、具と出汁で3リットルに対して60g/リットルで計算しています。標準的な味噌汁の塩分濃度は0.9%らしく、この場合は、標準的な塩分12%の味噌で、75g/リットルになります。(=1000ml(g)×0.009÷0.12)