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EPISODE #214
【キャンピングカー旅×ストーリー】星の塩が生まれる場所で
紆余曲折の末に、星の塩の生産者である岩内町の金澤さんに会いに行くことになった、キャンピングカー旅の4日目。11か月越しの願いが叶う瞬間が近づいてきました。遠く離れていた生産者と消費者の対面は、新たな関係を生みました。
今回は、星の塩が生まれた小部屋にやっと辿りついたお話です。
ここ数日、何とか耐えてくれていた空から、雨が降り出したのは昨晩のことでした。今朝になり、強い風も吹き始めています。大切な時はいつも嵐。我が家はどうやらそんな星の下にいるようです。
我が家がある札幌から西へ、日本海に突き出した積丹半島を横断して伸びる峠道を越えると、この日の目的地の岩内町が見えてきます。雨を避けて人影が少ない市街地を通り過ぎ、海沿いに西に進むと、すぐに金澤さんの住まいがある地区に入ります。
間もなく着くと電話で伝えると、金澤さんは家の前まで出てきてくれました。キャンピングカーの外は、目の前の海で舞い上がった波しぶきが、風に混じって打ち付けています。
「よく来てくれました。さあ、寒いから入って。」
挨拶もそこそこに、金澤さんは風雨から私たちを守るように、家の中に招き入れてくれました。
金澤さんご夫妻と我が家の5人、額に入った写真やご家族が載った釣り新聞の記事、愛らしい小物で装飾された居間で対面しています。目を輝かせてソワソワしている私たちと、まだ何が始まるのか分からず、どこか硬い表情のご夫妻。
居心地の悪い空気を振り払って、私から堰を切ったように話し始めます。我が家の風変わりなチャレンジのこと、星の塩の存在に助けられてきたこと、1年間のゴールの前にお会いしてお礼をしたかったこと。言葉が溢れ出します。
一通り話を聞いて、ようやく腹に落ちたのか、金澤さんも話し始めました。タコ漁師をしつつ空いた時間で塩作りを始めたこと、明治4年にこの地で塩作りに挑戦し失敗してしまった「星恂太郎」の想いを受け継いで ”星の塩” と名付けたこと。
愛する町の名物を作りたい。海流のように静かで強い塩作りへの想いが伝わってきます。
「作業場見るかい?今日は風が強くて火を焚いてないんだけど。」
金澤さんが、塩を作る部屋を案内してくれることになりました。
「はいぜひ!そのために来ましたから!」
私たちは、待ってましたとばかりに立ち上がります。
作業場は、家の外から回り込んだ、海に面した小さな部屋にありました。大きな中華鍋のような形をした平窯に水が張ってあります。それは、我が家も慣れ親しんだ岩内町の海洋深層水でした。
海風が部屋に吹き込むので、この日は火を点けられないのに、私たちに見せるためにわざわざセットしてくれていました。
この部屋、この平窯で、金澤さんは塩を作っているんだ。我が家が食べ続けてきたあの “星の塩” が生まれる場所です。
私たちがこの1年近くを費やして形作ってきた食生活が、この小さな部屋につながって、ぐるりと大きな輪になった。そんな、温かく満たされるような感覚に包まれます。
金澤さんご夫妻との夢のような時間はあっという間に過ぎていました。暗くなる前に今夜の宿泊場所に向かわなければいけません。そろそろ帰ると言い出した私たちに、金澤さんが言います。
「10年やってきたけど、会いに来てくれたお客さんは初めてだったよ。夏になったら遊びに来なさい。空き部屋もあるから。」
いつしか金澤さんは、私たちを家族のように受け入れてくれていました。「目の前の愛する者のために食べ物を作る。」家族の中であれば当たり前の関係。でも、我が家の100マイル円の中では、生産者と消費者の間にも同じ関係が生まれていました。
「夏に必ずまた来ます。その時は塩作りを教えてくださいね。」
お土産に持たせてくれた “星の塩” は、いつにも増して白く、星のように輝いて見えました。
現代都会人の暮らしの中で何かを見失い、先も見通せないままに飛び込んだ100マイル地元食の挑戦。この日、探していたパズルの最後のピースが見つかった。そんな気がしました。