なぜ木桶で醤油を仕込むのか。どうやって木桶は作られるのか。普通の人生を生きて、普通に食べているだけならば、決して抱くことがない疑問ですが、小豆島までやってきた私は好奇心の塊になっていました。見聞きし、触れる物すべてが初めてのものばかり。

小豆島木桶職人復活プロジェクト参加レポートの2回目は、木桶のすごい効果と作り方のお話です。

もろみ蔵で見た100年後の木桶の姿

小豆島で約150年続くヤマロク醤油の五代目の山本さん。木桶作りに参加する前に、醤油を作っている「もろみ蔵」を見てきてはどうかと提案してくれました。ぜひ見たい!人生で初めて見ることができる醤油作りの現場に、嬉しくて飛んでいきました。扉をくぐり薄暗くひんやりとした蔵の中に入りました。

もろみ蔵に並ぶ木桶
もろみ蔵に並ぶ木桶

むき出しの梁の背が高い蔵の中には、背丈よりも高い木桶が並んでいます。醤油作りの木桶は100年以上も使い続けることができます。年季が入った桶の表面には、白や茶色のふわふわしたほこりのようなものが付いています。それは、麹、酵母や乳酸菌、つまり醤油作りで活躍する菌たちでした。

木桶の表面の菌
木桶にはびっしりと菌が住み着いている

見れば、蔵の壁や天井にもびっしりと菌がついているのがわかります。無菌状態の工場で醤油を作ろうとすれば、複数の菌を適切なタイミングで人の手で投入する必要があります。しかし、木桶仕込みでは、必要な菌はすでに木桶と蔵に待機していますので、醤油の発酵段階に応じて、適材適所の菌たちが働いてくれます。

木桶と蔵の菌の力を借りて発酵は進む
木桶と蔵の菌の力を借りて発酵は進む

有益な菌の住処になって、塩分にさらされても100年も腐食しない、木桶は醤油作りの理にかなった道具でした。古臭い懐古主義の伝統とは真逆にある、高い技術の集大成としての木桶仕込みを見ることができました。

手作業で組み上げる木桶

ヤマロク醤油での木桶作りは、すべて手作業で進んでいきます。すき間の無い円形の桶に組むために、長さ2mほどの杉板をカンナで削り出すそうです。50枚以上の側板は、竹くぎでぴったりと組まれていきます。でも私が到着した時すでに、ここまでの作業は終わっていました。

ぴったりと組まれた側板
ぴったりと組まれた側板

次に、細く割いた竹板で箍(たが)を編んでいきます。液漏れを防ぐために桶の胴体を絞め込む箍は、醤油の塩分にも負けず、しなやかさが長い間続く竹が使われます。竹箍編みは手順が難しく、初めて見る私には何をやっているのかさっぱりわかりません。裏庭のそこら中で、即席の竹箍編み講座が開かれます。ここでまた職人さんと参加者の仲が深まります。

一斉に叩くことで均等に箍をはめていく
一斉に叩くことで均等に箍をはめていく

組み上げられた木桶は逆さに置かれていて、底になる上部から竹箍をはめていきます。木桶の用途によって箍の本数とはめる位置が変わるそうですが、この日作られていた桶には、7本の箍をはめます。ハンマーを持った数人で桶を囲み、掛け声でタイミングを合わせながらはめ込んでいきます。

 

100年育てて100年使う

全てが初体験の作業、私はなかなか手が出せず、遠巻きで見ていました。それにしても木目が綺麗な節の無い杉板です。どんな木材なのか、答えを教えてくれる方に出会うことができました。吉野中央木材株式会社の石橋さんです。

「ヤマロクさんの木桶に使われているのは全て、奈良県吉野の銘木 “吉野杉” なんです。」

“吉野杉” とは、奈良県中南部の産地で育てられた、日本を代表する高級な木材です。枯れると節になってしまう枝を丁寧に打ち、密集させてゆっくり育てることで密で均一な年輪になります。歴史を遡れば、 “吉野杉” は木桶や木樽を作る目的で発展してきた木材で、吉野杉の中で一番品質が良いエリートだけが木桶に使われる。石橋さんは教えてくださいました。

吉野杉の緻密な木目が液漏れを防ぐ
吉野杉の緻密な木目が液漏れを防ぐ

驚くことに木桶作りに使われる吉野杉は、樹齢100年以上の大木です。植えられて100年、木桶になってまた100年。今年植えた吉野杉が、100年後の将来、技術を引き継いた木桶職人の手によって木桶に変わり、さらに100年後まで木桶仕込みの醤油を作り続けるのです。

私たちが生きる現代社会の時間のスケールからはあまりにもかけ離れた仕事に、大きな衝撃を受けます。

木桶に引き寄せられた参加者たち

木桶作りも佳境、10cmはある分厚い底板が最後にはめ込まれます。木桶の中に2人、不安定なへりの上に2人、合わせて4人が、太くて重たい古民家の梁を使って打ち込んでいきます。どっしーん、どっしーん。足元から伝わる振動。大人4人が全力で打ち込み続け、ミリ単位で狙った位置に納めていきます。

木桶作りのクライマックスは底板の打ち込み
木桶作りのクライマックスは底板の打ち込み

ついに1本の木桶が完成しました。この日この場所に集まった桶職人、大工、醤油醸造家、甘酒屋にラーメン屋、料理研究家、食品流通業者に物好きな消費者、みんなの手作業で組み上げられた木桶です。心地良い100年単位の時間の流れの中に身を浸しながら、今この瞬間を共有し心から楽しんでいます。

優れた醸造道具としての木桶は、同時に、人々の心をも惹きつける不思議な魅力を秘めていました。作業着のままでなだれ込む、毎夜の地元のお店での打ち上げ。職業や性別、年齢も関係なく、木桶や醤油談議に花が咲きます。この騒々しい人の輪の中に、「伝統を守る」ことの新しい形がある。私はそう感じ始めていました。

木桶の魅力に多くの人が集まる
木桶の魅力に多くの人が集まる