「醤油屋さんが、醤油を作るための木桶を作っている職人さんを育てているプロジェクト」があるらしい。醤油がどうやって作られるのかを知らない私にとって、「風が吹けば桶屋が儲かる」の古典落語のようにピンと来ない話でした。

よく分からないものは、飛び込んで中から見てきた方が楽しい。これから3回ほど、小豆島の醤油醸造元「ヤマロク醤油」での夢のような体験をご報告します。

今回は、小豆島行きを決めたきっかけと、そこにあった別世界のお話。

木桶醤油が直面する甘くない問題

我が家のホームパーティーに来てくれたことが縁で友人になった谷口さん。あるイベントに参加しませんかと誘ってくれました。

「小豆島木桶職人復活プロジェクト」

瀬戸内海に浮かぶ香川県小豆島の醤油醸造元のヤマロク醤油さん。創業約150年の老舗で、木桶を使った伝統的な醤油作りを続けているそうです。

木桶完成品
醤油仕込み用の木桶

日本国内で、木桶を使って仕込まれる醤油は1%以下で、今も減っています。さらに、木桶職人もこのままではいなくなってしまう。危機感を感じたヤマロク醤油さんは、自ら木桶作りを始める決意をしました。小豆島に行って、一緒に木桶作りを手伝う。なんとも魅力的なイベントです。でもそれだけではありませんでした。

100マイル地元食に挑戦中の我が家にとっては、醤油は鬼門です。100マイル範囲内には、地元の原料だけで造られた醤油は無く、自ら仕込んだ醤油も完成は2年後。1年の挑戦の間には間に合いません。信じられないことですが、8カ月の間、我が家は醤油無しで料理をしてきたのです。

伝統的な醤油作り、さらには木桶作りを見ることができたら、地元の醤油が無い理由もわかるかもしれない。私は谷口さんと小豆島に行こうと決心しました。

雪の瀬戸内海 フェリーで渡る小豆島

小豆島は札幌から南西に701マイル、食材調達をしている時間もありません。今回の旅では100マイル地元食を休まざるを得ませんでした。

小豆島までは、新千歳空港から羽田を経由して高松空港に入り、高松港からフェリーで渡る長い道のりです。先に向かった谷口さんを追いかけての一人旅。生まれて初めて渡る瀬戸内海の島。寒気に覆われた瀬戸内海は、珍しく雪が舞っていました。

高松港
雪の高松港からフェリーに乗り込む

港からのバスからは、複雑に入り組んだ入り江やオリーブ畑が見えます。バスを降りてからヤマロク醤油に向かう町並みには、石積みの塀や瓦屋根の古い民家が並び、違う世界に迷い込んだような錯覚を受けます。川沿いの道から露地を入ったところにヤマロク醤油がありました。

石積みの塀と焼杉の黒壁
石積みの塀と焼杉の黒壁
エネルギーに満ち溢れたヤマロクの裏庭
ヤマロク醤油正面
露地の先に現れたヤマロク醤油

この町を象徴する黒い焼杉の板壁と瓦屋根の大きなお屋敷、そして何より、入り口で出迎えてくれる木桶の大きさに圧倒されます。屋号が書かれたトレーナーを着た方に声をかけました。

「あのー、木桶作りってどこでやってますか?」

「あ、はいはい奥でやってますよ。」

母屋と仕事場の間を抜けると、また別の世界が広がっていました。地面いっぱいに10mはありそうな細長い竹の板が広げられています。すでに完成した木桶が2つ並んでいます。若者からベテラン、女性から男性まで、20人はいるでしょうか、それぞれが手を動かしています。作業の段取りの声と笑い声が入り混じっています。

ヤマロク醤油裏庭遠景
ヤマロク醤油裏庭は別世界の入口

ここに来る前、「伝統を守るために立ち上がった人たち」というのは、ある種の使命感や悲壮感を背負った人たちなのだろうと、勝手に考えていました。でも、ヤマロク醤油の裏庭にいた人たちには、そんな重たい雰囲気がありませんでした。活気と熱気、それに笑顔が、全員から溢れていました。

参加者全員で木桶を作る 不思議な3日間の始まり

木桶作りは、木材や竹の加工から組み立ての全工程で1か月もの時間がかかるそうです。多くの参加者さんが、何年も続けて参加され、今年ももう何日も作業しています。すでに強力な人間関係が作られているのがわかります。私が訪れたのは、本当に最後の数日だけでした。

「鈴木さん、お疲れ様。遠かったでしょ?」

その場のエネルギーに圧倒されている私の顔を見つけた谷口さんが、奥のほうから出てきてくれました。少しホッとします。作業はちょうど休憩時間に入っていました。谷口さんが、ヤマロク醤油の五代目山本康夫さんをご紹介してくださいました。

「わざわざ、札幌から来てくれてありがとうございます。楽しんでってください。」

箍を上からはめる
全員が木桶作りに参加する

優しい笑顔で迎え入れていただけました。休憩時間は終わり、さあ、作業再開です。どうやら、それぞれの参加者は自分ができるお手伝いをして、木桶作りを進めていくようです。短いようで長い、不思議で魅力的な3日間の体験が始まりました。