塩の楽園の沖縄に来たのだから、塩が作られる製塩所も見てみたい。生きていくために不可欠な塩への想いは、100マイル地元食への挑戦の中で日に日に強まっていました。地元の塩を手に入れることが、食生活の何よりの基本です。

今回は、塩ができる過程を目の当たりにして改めて強まった塩への感謝のお話。

初めての製塩所見学へ

100マイル地元食ルールの沖縄旅行に来てから、塩のことばかり考えていました。到着して早々に買えた “ぬちまーす”、塩釜焼きに使った “青い海”、他にもスーパーや直売所に行くと数多くの地元の海水塩が並んでいます。こんなに選択しがあるなんて、沖縄は本当に贅沢な土地です。

ぬちまーす
海をそのまま塩にした “ぬちまーす”

せっかく来たのだから塩作りを見に行きたい。どうやら、沖縄には本島と離島も合わせて30か所以上の製塩所があるようです。その中で選んだのは “ぬちまーす” を作っている、「ぬちまーす観光製塩ファクトリー」。本島中央東側のうるま市の宮城島にあります。宮城島も道路で渡れる離島です。

少し長引いた塩釜焼きのバーベキューの後で、初めての塩作り見学に向かいます。風に揺れるサトウキビ畑や、マングローブの若い林、沖縄らしい景色を楽しみながらの気持ちの良いドライブになりました。

塩は物言わぬ沈黙の食材か

“ぬちまーす” は、ウチナーグチ(沖縄方言)で命の塩という意味です。我が家にとって、素直に共感できる名前です。沖縄旅行初日の最初のご飯から、ずっと我が家の食事を支えてくれた塩です。“ぬちまーす” と出会わなければ、味の無い食事になるだけでなく、健康にも支障が出てしまったはずです。

調理済みの食べ物ばかり買っていると気が付きにくいことですが、私たちが普段食べている物のほぼ全てが、かつて生き物だった生物由来の食材です。肉も魚も、野菜も果物もそうです。だけど塩だけは違います。元は海水。我が家にとってはただ一つ、生物由来ではない食材です。

 

いもしゃぶ
塩以外のほぼ全ての食材は生物由来

“普通の人” にとっては、塩は沈黙の食材でしょう。瓶や袋に入って腐りもせず、いつまでも白くて、たまに使うだけ。身体に良くないと考えている人さえいるはずです。ですが、塩は私たちの生命の維持に欠かせない最も重要な食材なのです。まさに命の塩です。

ぬちまーすは海そのものの味

「ぬちまーす観光製塩ファクトリー」は、海にせり出した崖の上にありました。ゆっくり出てきたことで、到着したのは閉館間際の夕方でした。楽しみにしていた工場見学のガイドウォークはすでに終了していました。私たちだけで製塩過程を観て歩くことにしました。

工場遠景
ぬちまーす観光製塩ファクトリーと宮城島の海

“ぬちまーす” は、汲み上げた海水を温風ファンで霧状にして飛ばし、空中で水分を蒸発させて結晶化させる独自製法で作られています。つまり、ミネラルなどの海水の成分が全て残っている塩です。まさに「水に溶かしたら海水に戻る塩」。当たり前のように聞こえますが、実現するのは簡単なことではありません。

製塩室
窓から塩が結晶化する瞬間が見える

真っ白に塩が降り積もった製塩室は、どこかで見た雪景色のようです。工場の2階から、海水を汲み上げている海が見渡せます。目の前の海、そのままの味の料理を食べていたんだ。海を見ながら、塩味の料理を想像するなんて、相当に食い意地が張っています。

ぬちまーすの原料取水海域
ぬちまーすはこの海の水からできている
無機質な塩に安心感を抱く理由

生物由来ではない無機質な塩になぜ安心感を抱くのだろう?すっかり日が暮れてしまった帰り道、車内で考えていました。地元の海の塩を食べることで、地元とつながっている感覚になるから?それもありそうですが、どうやら答えはもう少し先にありそうでした。

ここ沖縄でも時代の波に押され、一度は絶えてしまった海水塩作り。現代の沖縄で多くの製塩所が復活しているのは、地元の海の塩の大切さと魅力を理解した人たちが再び立ち上がってくれたおかげでした。地元の塩で生きていくためには、この人たちの存在が不可欠です。

サトウキビ畑
塩は人の営みで作られる“人由来” の食材

真っ白で物言わぬ塩の先には、塩作りに心血を注いでいる人たちがいる。塩に抱くようになった安心感は、彼らの存在がくれるものなのかもしれない。100マイル地元食に挑戦することで、塩を作る大変さも、塩が手に入らない焦りも経験している我が家。

地元の海の塩と、その塩を作ってくれる人たち、2つの不可欠な存在に改めて感謝するのでした。