我が家にとっては北海道で過ごす3回目の秋。以前までとは違い、今年は少しずつ確実に寒くなる日々に、強い焦りと寂しさを感じていました。

豊かな秋の実りと、一方で、日に日に大切な食材が姿を消していく現実。今回は、旬の本当の意味を考えさせられた決意の10月のダイジェストです。

旬が来た食べ物と 旬が終わる食べ物

北海道は四季がはっきりしている土地です。そして、冬の存在感が本当に大きな土地。関東ではまだ夏日になることもある10月に、我が家がある札幌では初雪が降りました。寒くなれば、畑の作物は採れなくなります。

夏の十勝旅行で出会った斎藤農場さんのスイートコーンが、今年最後のスイートコーンになりました。気温が下がる中で何とか育った、小ぶりですが最高に甘い、My Last Sweetcornでした。

斎藤農場のスイートコーン

他にも、今の一瞬しか手に入らない、壮瞥のくだもの農家浜田園の完熟りんご厚田漁港の秋味こと白鮭も買うことができました。毎年、食べ物の旬が来るということは、いつか旬が終わり、食べられない時期が来るということ。当然ですが、考えたことがなかった現実でした。

壮瞥くだもの農家浜田園のりんご狩り

生産者さんがくれた特別な体験

100マイル地元食を始めた6月から、応援してくれている友人の紹介や、幸運な偶然によって、多くの生産者さんや産地と出会うことができました。そして、何度も通うことで、我ながら信頼関係を築けてきたと思います。そう思うのは、普通じゃできない体験ができているからです。

羽をむしった鶏肉

石狩市のはるきちオーガニックファームでの鶏を絞めるお手伝いをさせていただきました。生き物が食べ物に変わる瞬間に立ち会えたことは価値観が変わるほどの体験でした。寿都漁港では、役場の大串さんのご厚意でセリに立ち会うことができました。漁師さんが獲った魚がセリを経て、私が買い物をする浜直市場に来る。空白のピースが埋まった瞬間でした。

寿都漁港のセリ

留寿都の吉川農場では、ごぼうの収穫に立ち会えました。羊蹄山の麓、夕日を受けて収穫する農家さん達の笑顔は輝いていました。米農家ぬまんちさんの新米を1俵買いに、旭川にも行きました。待ち合わせ場所は、稲刈りを見学できたあの田んぼでした。会いに行ける農家さんがいる幸せ。皆さんの想いがこもった食べ物は、我が家の食卓も輝かせています。

吉川農場のごぼう収穫

食材に負けないようにお料理も頑張る

生産者さん達が、頑張っているんだから、我が家だって負けてられません。妻は、あいかわらず好みが偏った長男(6)と長女(3)のために、お菓子作りに悪戦苦闘していました。

壮瞥りんごと砂糖だけで作ったゼリーは、長男にはちょっと甘すぎたみたいです。長女のために作ったカリカリの大学芋も、あんまり食べてくれなかった。大人にはほんとに美味しいんですけどね。

りんごゼリー

私も、寿都で買ったサバで、長男のためにしめ鯖を作りましたが、「酸っぱい...」の一言で、それ以上は食べてくれませんでした。厚田漁港で買った鮭は、北海道名物のちゃんちゃん焼きにして両親に振舞いました。こちらは気に入ってくれたでしょうか。

寿都漁港のしめ鯖

留寿都の新ごぼうは、水気が多くて柔らかな今しかできない料理、1本丸ごと揚げにしました。旬にしかできない、そして旬が今だと知ったからこそできた、贅沢な料理でした。食材に謙虚に向き合って、シンプルに料理する。やっぱりこれが美味しい。

新ごぼうの一本揚げ

旬は終わるからこそ価値がある

どんなに長く厳しい冬が待っていようとも、我が家はここ札幌で、100マイル地元食ルールで生きていくと決めました。季節の移り変わりとともに、新しい食べ物が食べられるようになる旬。逆に言えば、旬を過ぎた食べ物は食べられなくなります。

だからこそ、旬の食べ物を大切にするし、ずっと待っていた分だけ、何倍も美味しい。旬は、決して不便で克服すべきものではなく、向き合ってその瞬間を楽しむべきものです。

100マイル地元食を始める前、毎日同じものが食べられるコンビニで、食べたい物が見つからず、立ち尽くしていたあの時。もしかすると、私が探していたのは、食べられない物だったのかもしれない。4カ月が経った今、私の中に新しい価値観が生まれてきていると感じています。

秋のススキ原