魚は新鮮さが命!は間違いありませんが、獲れたてが一番美味いというわけではありません。美味しく食べるにはそれなりの忍耐が必要です。寿都の漁師さんからいただいたサクラマスを、時間をかけて大切に料理しました。

今回は、サクラマスがお刺身になるまでの数日間のお話。

 

サクラマスを美味しく食べるために

怒涛の興奮に包まれる水産ウィークが終わると、その反動で気持ちが滅入る日々がやってきます。「水産ウィークロス」もしくは「魚(ぎょ)ロス」とでも言うのでしょうか。そんな日常を取り戻すための数日間は、サクラマスを美味しく食べることだけを考えていました。

寿都町のマルホン小西漁業の丸本丸に乗って、目の前で体験した定置網漁。小西社長のご厚意でいただいた3kgオーバーのサクラマスと、我が家のキッチンで対面すると、感謝の想いと幸せな感情が蘇ってきました。すぐ食べたい!...でも残念なことに、すぐには食べられないのです。

体高がある見事な寿都のサクラマス

ピチピチの新鮮なサクラマスを美味しく安全に食べるには、やることがいくつもあります。食べられるのはたぶん1週間後ぐらいでしょうか。手順をひとつずつ紹介する前に、少しだけ漁師さんのプロの仕事の話に戻ります。

 

深い意味があった漁師さんの仕事

丸本丸では、限られた時期しか獲れないサクラマスの価値を最大限に高めるために、多くの工夫をしていました。定置網からサクラマスを揚げてすぐに、血抜き、動きを止めるために活〆(いけじめ)をしていました。

活〆の切り口
エラの付け根と脊髄を切る活〆

これは、臭みの原因になる血を抜くことと、暴れて無駄にエネルギー源を消費させないための作業です。このエネルギー源とはATP(アデノシン三リン酸)というもので、この後の熟成過程で旨味成分のイノシン酸に変わる大切な物質です。

活〆したマスは、船上ですぐに水温5℃の海水に入れられ、港に戻ると今度は-2℃の海水シャーベットでキンキンに冷やされます。これは、自らの熱で魚が傷まないようにするためと、細菌の増殖を防ぐために大切なことです。

漁師さんにここまでやってもらったら、あとは私がキッチンで頑張る番です。

 

熟成するから旨味が生まれる

発泡スチロール箱から出したサクラマスは、かっちりと硬くなっていました。凍っている訳ではなく、たんぱく質が固まる死後硬直という状態です。そのままウロコと内臓と頭と尾を取って、紙製のキッチンタオルとラップで巻いたら、冷蔵庫に入れます。

死後硬直したサクラマス
片手で立てて持てるほど硬直した状態

獲れたばかりの魚を食べても、ATPがイノシン酸に変わっていないので、旨味を感じません。それでも、獲った直後の方が食感が良いと感じる人や地域もあって、食べるタイミングは人それぞれです。私が好きなのはこのずっと先。死後硬直が終わって、だらりと柔らかくなって熟成が進んだ状態が好きなのです。

熟成させるには冷蔵庫で寝かして3、4日の辛抱です。ミクロの世界でATPがイノシン酸に変わった夢を見るまで待ったら頃合いです。三枚におろして、皮を剥がしたら、また大切に包んで今度は冷凍庫へ。実はまだ、我慢の日々は続くのです。

 

凍らせて寄生虫を退治する

冷凍庫で凍らせるのは、寄生虫のアニサキス対策です。保健所は「-20℃以下で24時間で死滅させる」と推奨しています。そこまで下がらない家庭用冷凍庫なので、念のため48時間冷凍させました。

最後に一番難しい工程が解凍です。ダラダラゆっくりと融かすと水気が出てしまいます。凍ったマスを水を通さないビニール袋に入れたら、水道水を流水でかけて一気に融かします。生の状態に戻ったら、やっとお刺身にできます。

 

あの朝の光景が蘇る

海から揚がる瞬間を見て、漁師さんのプロの仕事で磨かれて、我が家に来てからの辛抱の日々をくぐり抜けたサクラマス。淡いオレンジがかったピンク色です。箸先から伝わってくる柔らかさで、熟成がうまくいったのが良くわかります。

サクラマスの刺身
じっくり熟成させた寿都サクラマスの刺身

ねっとりと甘い脂が乗っていて、それでいて少しもマス臭さがありません。しっとりふんわりとした歯応えの中に、海から揚がった瞬間の筋肉の躍動を想わせるわずかな反発を残しています。豊かな海、漁師さんの誇り、あの船上での光景、全てが舌の上で蘇ります。

丸本丸船頭さん
一匹ずつ手間をかけて価値を届けてくれる漁師さん

100マイル地元食の挑戦を始めて、やっと辿りついた1匹目の「Ocean to Table」の魚、寿都のサクラマス。我が家の食卓と地元の海の距離がまた縮まりました。