この旅だけの特別ルール

すすきののパブで一杯のレモンサワーと出会ったことをきっかけに、我が家は瀬戸内海と四国を巡る旅に出ることにしました。旅先を決める理由は人それぞれです。旅が好きな人はいつもアンテナを張り、ルーティーン化した日常から抜け出すための別世界から届く情報を探しています。我が家ではこのアンテナの形と向きが少し変わっています。

旅先は、食か人で決めます。地元には無い食べ物を求めて行くか、会いたい人がいる土地に行くか。「100マイル地元食」のチャレンジを終えてからというもの、忙しい日々に流されるように、我が家の食卓は徐々に時短とコスパを優先させるようになりました。抜け出したい。もっとワクワクしたい。私のアンテナは日に日に高く大きく広がるようになっていました。

一杯のレモンサワーという微弱な電波信号は、私の身体をビビっと駆け抜け、すぐに妻にも伝わりました。「どうせ行くならさ」「こんな名物知ってた?」「宿探してみるね」急に増え始める夫婦の会話。旅に出ると決めただけで、すべての旅好きな細胞が同じ方向に動き始めるのです。

行き先は、四国4県と瀬戸内海の島々です。4泊5日の長めの旅程で、宿は瀬戸内海と四国を100マイル範囲内にぐるりと囲むことができる香川県にします。そうです。チャレンジ休止中とはいえ、完全に自由なルールではもはや楽しめません。今回は「100マイル地元食の旅ルール」を基にいくつか新しいルールを追加することにしました。

  1. 自分から半径100マイル(160.9㎞)範囲内で生産、加工、調理された物だけを食べる。
  2. 地元食材を大切にした地元の飲食店に限って、外食をしても良い。
  3. ただし、気に入った外食のメニューを旅行中に100マイル範囲内の食材だけで再現しないといけない。
  4. 旅の最終目的は、岩城島のレモンを買うこと。

外食を認める代わりに、地元の食材でメニューを再現する。そして、旅の最後には名前しか知らない島を探しあててレモンを買う。旅立ち前のワクワクとぬぐい切れない不安。これこそが私たちが求めていた非日常でした。

探し物と目っけ物

旅のスタートは大阪です。関東にある互いの実家にわざわざ車で帰省し、前日に大阪まで移動していました。早朝の大阪を走り抜ける札幌ナンバーのSUV。後部座席ではわざわざ持ってた鍋やボウルががっちゃがっちゃと音を立てています。高速道路は、右の六甲山地と左の大阪湾に挟まれた神戸市の街並みを抜けていきます。せわしないジャンクションを抜け、トンネルの緩やかな上り坂を過ぎると、突如として視界が開けました。空に向けて真っすぐと伸びていく道の先に大きな白い主塔。明石海峡大橋です。

本州から四国に車で走って渡るルートは3本あります。西側の愛媛県と広島県をつなぐ「しまなみ海道」。真ん中の香川県と岡山県をつなぐ「瀬戸大橋」。そして、私たちがいる東側の兵庫県から淡路島を通って徳島県に渡る「明石海峡大橋と大鳴門橋」のルートです。神戸に入ったあたりから、すでに香川県の宿泊地を中心にした100マイル範囲内。ここから先が今回の旅の舞台です。

淡路島を通るなら絶対に買っておきたい野菜がありました。それは玉ねぎです。玉ねぎの生産量は、我らが北海道がダントツで1位。2位が佐賀県で、3位が淡路島がある兵庫県です。特に3月頃から出回る淡路島の新玉ねぎは、みずみずしくて甘く生で食べられるのが特徴で、関西の方から絶大な支持を受けています。私たちが訪れた冬は、北海道産とあまり変わらない茶色い皮の辛い玉ねぎの時期。それでも淡路島産なのは確かです。サービスエリアの直売所で、旅の間に食べきれるか不安になるほどたくさん買い込みました。

淡路島では、意外な食材も手に入りました。「淡路島牛乳」です。何気なく道を走っていて目に入った「淡路島牧場」の看板。牧場があるなら、地元の牛乳か肉が買えるかもしれない。導かれるように矢印が示す方向に走っていくと、本当にありました。広い観光牧場には直売施設がありました。旅のスタートからなんと運が良いのでしょうか。我が家の食生活には欠かせない牛乳を初日から買うことができました。

淡路島牧場
淡路島牧場と愛らしいパッケージ

空きっ腹にしみ込む鳴門うどん

淡路島での充実した買い出しを終えて、いよいよ四国の入り口、徳島県の鳴門市(なるとし)に渡ります。淡路島と四国を隔てる鳴門海峡は、わずか幅1.4㎞しかありません。大鳴門橋を走りながら、眼下には「鳴門の渦潮」が見えます。狭い海峡に潮が流れ込むことで複雑な渦潮が生まれるのです。ダイナミックな地形の変化を運転しながら楽しむのは旅の醍醐味の一つです。興奮の四国上陸。これから始まる食を巡る旅に心が躍ります。

今回の旅で、妻と私に少しだけ余裕があるのには理由があります。それは外食ができるということ。純粋な「100マイル地元食ルール」の旅行では、「初日の食事」という最大の難関がつきものでした。移動の疲れで腹ペコなのに、到着直後で食べ物がまだ買えていない状況に、家族全員が不機嫌になります。かつてのチャレンジ中に訪れた沖縄では、夜が更けてからようやく米が手に入り、夜9時を過ぎてやっと食事にありつけたということがありました。

でも今回は外食も可能なルール。初日の昼ごはんに選んだのは鳴門うどんでした。うどんでは香川県の讃岐地方が圧倒的に有名ですが、鳴門うどんも長い間、地元で愛されてきたソウルフードのようです。訪れたお店「舩本うどん」(ふなもとうどん)は、古くからの住宅街にある見た目が民家のようなうどん屋さんです。しばらく並んでようやく座れたテーブルに、うどんが運ばれてきました。澄んだ金色のお出汁に、縮れた細いうどんが浸っていて、大きなかき揚げが載っています。

舩本うどん
素朴な舩本うどん

立ち上る鰹節の香りは、関東で育った私が知っているそれよりも遥かに強くシャープです。大きく香りを吸い込めば、鼻の奥から食欲中枢に直接突き刺さります。太さが不規則に変化しているうどんは、すすり上げると心地よいリズムを生み、柔らかに茹でられたことでぷつぷつと口の中で千切れていきます。こんなにも優しいうどんがあるのか。初めて体験する味が胃袋にしみ込んでいきます。

このうどんを特別なものにしているもう1つの存在が、上に乗っかっているかき揚げです。ものすごく甘いのです。ですがそれは平べったい砂糖のような甘さではなく、自然で奥深い素材の甘さです。箸で広げて見てみると、材料はこれ以上ないぐらいシンプルです。細切りのさつまいもと、炒めて焼き色がついた玉ねぎの2種類だけ。お出汁に浸った薄めの衣は食べていくほどにほどけて、お出汁と麺と混然一体となって、最後の一滴までお腹に収まります。

お店を出て宿に向かう道すがら妻が調べていると、鳴門うどんは、かつて鳴門地域で栄えた撫養塩田(むやえんでん)で働く人々に愛された郷土食だとわかりました。潮の干満差と豊富な日照を利用した入浜式(いりはましき)塩田です。塩田での仕事は、大阪からのロングドライブとは比べ物にならないほど重労働だったはずですが、空きっ腹にしみ込む鳴門うどんの感覚を時を超えて体験することができました。

好きな料理を再現する旅へ

このうどんを再現したい。店に戻ってすぐにもう一度食べたくなるほどの味です。一口味わった瞬間に心は決まっていました。自分の手で作れるようになれば、札幌に帰ってからだって食べたい時に作ることができます。問題は食材です。今回の旅の追加ルールでは、100マイル範囲内の食材で再現することになっています。醤油は難しくても、塩田があった土地なのだから塩はあるはずです。鰹節で有名な高知県も範囲内。玉ねぎは買ったし、さつまいもも探せばきっと見つかるでしょう。

問題は小麦粉でした。北海道なら様々な地域で小麦が育てられていますが、四国の小麦なんて聞いたことがありません。私も農業に近い仕事をしているのでわかります。小麦は広い面積で育てる比較的価格が安い作物ですが、稲作ほどには保護されていません。なので多くの地域で小麦栽培は衰退していて、日本で食べられている小麦の9割近くがアメリカやカナダ、オーストラリアなどからの輸入品がです。鳴門うどんに讃岐うどん、うどんが愛される四国では、果たして今でも小麦が作られているのか。旅の成否はこの一点に委ねられました。

いつの間にか日は傾き、今回の宿がある香川県琴平町に着く頃にはすっかり夕方になっていました。ここは「こんぴらさん」として愛されている神社、金刀比羅宮(ことひらぐう)の門前町です。我が家が選ぶ宿の条件はただ1つ。大きなキッチンがあること。「こんぴら町家貸切宿うす」は、まさに私たちのリクエストのど真ん中を形にしたような宿でした。築50年の木造民家をリノベーションした落ち着いた雰囲気の一軒家。内装は元の造りを多く残していますが、お風呂とお手洗いは現代人向けに綺麗で豪華です。そして台所は、二口ガスコンロと大きな流し、冷蔵庫に電子レンジ、オーブントースターまであって十分です。

こんぴら町家貸切宿うす
こんぴら町家貸切宿うす

拠点も決まり、後は思う存分、瀬戸内と四国の食を味わい尽くすのみです。岩城島のレモンを買うこと以外は、ほとんど白紙のままスタートした今回の旅行。一杯のうどんとの出会いをきっかけに歯車が動き始めました。土地が変わればまったく違う食に出会えるのが「100マイル地元食」の魅力です。それに今回は外食もOKで楽しみは倍以上です。食材調達とお料理の時間を省くための外食から、世界を広げるための外食へ。これまでの「100マイル地元食」が持っていなかった小さな可能性の新芽が、ここ四国の地で芽吹きだしました。